4月 142011
 

フラット化する世界〔普及版〕中
トーマス・フリードマン(著) ,日本経済新聞出版社,2010

フラット化する世界〔普及版〕上」の続き.上巻でフリードマン氏は,世界のフラット化の要因を10個挙げ,フラット化によって世界がどのように変化したかを述べた.そこでは産業界の変貌が大きく取り上げられていたが,続く中巻では,個人の能力や教育に力点が置かれている.その一部は既に,「数学を勉強すべき理由:大学新入生は後悔する前に知っておこう」で紹介した.

本書「フラット化する世界〔普及版〕中」は,フリードマン氏が受けた衝撃で始まる.インターネットが生まれるよりずっと以前に,フラット化の衝撃を見抜いていた人物がいたというのだ.その人物は著作にこう書いた.

生産のためのあらゆる道具が急激に改良され,交通手段が飛躍的に便利になると,ブルジョアはきわめて未開に近い国までひっくるめて,あらゆる国を文明社会に取り込もうとする.商品価格の安さは,万里の長城をも打ち壊すことのできる巨大な大砲に匹敵する威力がある.外国人を毛嫌いしている非文明人すら降伏するだろう.絶滅を避けようとするなら,どの国もブルジョアの生産方式に合わさざるをえない.いわゆる文明を取り込むことを余儀なくされる.つまり,自分たちもブルジョアにならざるをえない.ひとことでいうなら,ブルジョアは世界を自分の姿そのままに作り変える.

そう.その人物とはカール・マルクス.その著作は「共産党宣言」だ.フリードマン氏は「マルクスがこれを1848年に上梓したとは,とても信じられない」と述べている.

では,万里の長城をも打ち壊すようなグローバル化・世界のフラット化に我々はどう対応すればよいのか.本書の結論は明快だ.

本書で述べたいのはしごく単純なことだ.世界がフラット化しても,壁を設けようとせず,これまでどおり自由貿易の一般原則を貫くほうが,アメリカの国全体として大きな利益が得られる,と私はいいたい.壁を築けば,それに挑発された外国も同じことをして,すべての国が貧しくなるばかりだ.

そして,フラット化する世界で富むべき国の条件について,より詳しく述べられている.

フラット化時代の富は,次の基本的な3つの事柄を手に入れる国に転がり込む傾向が強くなっている.1つ目は,フラットな世界のプラットホームにできるだけ効果的に,そして迅速に接続できるインフラ.2つ目は,国民がそのプラットホームでイノベーションを行って付加価値の高い労働ができるような理想の教育プログラムと知識スキル.そして最後の3つ目は,適切なガバナンス-具体的にいえば,適切な税制,投資・商取引に関する適切な法律,研究に対する適切な支援,知的財産権にまつわる法律の整備,そして何よりも国民にいい意味の刺激をあたえるリーダーシップ-によって,フラットな世界の流れを勢いづけ,なおかつ管理すること.

本書「フラット化する世界〔普及版〕中」では,2つ目の教育について詳述されている.教育者である私にとっても非常に興味深いテーマだ.では,フラット化する世界で求められる能力とはどのようなものだろうか.

「人間の欲求とニーズは無限だと思うことだ.そうすれば,生まれる産業も,始めるビジネスも,やる仕事も無限にある.人間の想像力だけが,それを制約している.」

(ネットスケープ共同創業者のマーク・アンドリーセン)

「予算が一律か,あるいは減り,人も減るとなると,管理職は手持ちの人材をめいっぱい活用しなければならない・・・もう1つのことのためにツールとして使うことはできない.社員もそういうツールではなく,スイス・アーミー・ナイフみたいな万能ツールになる必要がある.このスイス・アーミー・ナイフが,”なんでも屋”だ」

(シーメンス・ビジネス・サービス教育部長のジョー・サンタナ)

「テクノロジーに詳しい人はおおぜいいるわけだから,自分を差別化して,誰かと対抗し,新しい仕事に就くには,どうすればいいのかしら?」とマーシアは考えた.「未来はつねに新しいことが待ち受けているから,たえず勉強するしかないというのが結論だった.そのとき,自分は<マーシア個人商店>だということを悟った.学びつづける責任は自分一人が負っている.資源は手に入る.あとは自分が率先してやるかどうかだと」(中略)「数学や科学で高い技術的スキルを身につければ,就職はできるけど,それだけではずっと仕事をやっていくことはできないし,飛びぬけた成功も望めない.ただの初心者に要求されるだけの競争力しかないから.仕事を続けるには,幅広い視野を育てることが必要なの.企業はフラット化し,世界はフラット化しているから,ビジネス,顧客,市場といったさまざまな視点から,物事を見ないといけないのよ」

「だれも教養科目を学ばず,全員が工学や経営修士号を目指す.インドは野心的なプログラマーとセールスピープルだけの国になる.(中略)人文科学を学ぶ人間が減ってしまったら,V.S.ナイポールやアマルティア・センは生まれないでしょうね」

(大手アウトソーシング企業エムファシス共同創業者のジェリー・ラオ)

このようなメッセージに耳を傾けて,著者は,フラット化した世界で若者が新ミドルの仕事につく準備をするのに役立つ5つのスキルと学ぶ姿勢を次のようにまとめている.

  • フラットな世界でのばすことができる最初の,そして最も重要な能力は,「学ぶ方法を学ぶ」という能力だ.
  • 二番目は,ナビゲーションのスキルを教える方法について,もっと考える必要があるということだ.(中略)仮想世界を航海する方法,そこにあるものをふるいにかける方法,雑音や汚いものや嘘を捨て,事実と叡智と本当の知識の源を選り出す方法を教えることが,きわめて重要になる.
  • 三番目の大きな主題は,熱意と好奇心だ.
  • 新ミドルの仕事のひとつは偉大な合成役なので,すばやく水平に思考し,離れた点をつなげる作業を優先することを,四番目の主題として若い世代に奨励したい.イノベーションの多くは,そういうやり方で,そこから生まれている.だが,まず最初に,点をつながなければならない.それには教養科目の教育が肝心だと思う.教養科目は,たいへん水平的な形の教育だ.教養科目は,歴史,芸術,政治,科学を結びつける.たしかに,大量の知識を組み立てるブロックである数学や科学に励むよう,若者を促さなければならないのは事実だ.しかし,美術,音楽,文学といった分野の教育もまた,しっかりと維持する必要がある.なぜなら,それがイノベーションには不可欠だからだ.
  • 最後に,離れた点と点をつなぐのに創造力が必要であるなら,われわれは若者にさまざまな教養科目-いくつもの点-をつまみ食いさせるのではなく,水平に思考するように仕向けなければならない.いろいろな物の見方と勉学を混ぜ合わせ,まったく新しい第三の物をこしらえる.このスキルは,右脳によってなされる-教育者は,それをはぐくむように心がける必要がある.

肝に銘じよう.

世界中の国々で取材をしているフリードマン氏は,アメリカの将来を楽観すると同時に,アメリカの教育と政治に深刻な危機感を抱いている.

アメリカの教育には有利な点がある-丸暗記ではなく創造性に重点を置いている-という通念について,ビル・ゲイツにたずねると,言下に否定された.中国や日本の丸暗記中心の学習からは,アメリカと競争できるような革新者がおおぜい生まれることはないという考えは,嘆かわしい間違いだ,とゲイツはいう.「掛け算ができなくてソフトウェアが作れるなどという人間に会ったことはない・・・世界一創造的なテレビゲームはどこのものか? 日本だ!」

科学者や高度な技術を持つエンジニアを生み出すには,15年かかる.まずは小学生から科学や数学に興味を持つようにしなければならない.だから,いまから総員配置の戦闘態勢で,規制を撤廃し,無制限の科学・工学教育予算を組んで,船出しなければならない.科学者やエンジニアは,おいそれとは手に入らない.長いプロセスで教育しなければならない.そこに科学の奥深さがあるのだよ,諸君.

その通り.そうなのだよ,日本人の諸君!

アメリカでも日本でも,教育が深刻な事態に陥っているようだが,政治も酷い.

ベンチャー投資家ジョン・ドーアが,こういったことがある.「中国の指導者層と話をすると,みんなエンジニアなんだ.だから呑み込みが早い.アメリカ人はだめだ.みんな弁護士だからね」ビル・ゲイツはこういった.「中国人は危険を冒すのが平気で,重労働が平気で,教育がある.中国の政治家と会うと,みんな科学者かエンジニアだ.数字の話ができる-『政敵が困るような気の利いたジョークはないか』なんて話はぜったいにしない.知的な官僚社会だね」

不幸なことに,アメリカには国民につらいことをやってほしいと呼びかける気概と意志のある指導者が絶えて久しい.いまがよければいい,というのではなく,未来の国の大きな大義のために犠牲を払い,もらうのではなく差し出すように,と国民に求める指導者がいない.いや,そういう指導者がいないのは,われわれの責任なのだろう-いまのわれわれの姿,子供の育て方が,そっくりそのままそこに反映されているのだ.

そう,政治家が盆暗なのは有権者が盆暗だからだ.未曾有の危機に自国が瀕していても,相変わらず投票にも行かない国民が少なくない.彼らは自分のことにしか興味がないし,今の政治で構わないと思っている.というか,そんなことを考えるのは無駄だと思っている.そんな国民が多数派になってしまったら,国は滅びてもおかしくない.もっと危機感を持つべきだが,マスメディアは盆暗の見方のようだ.彼らが上客だから...

インテル会長のバレットがこんなことを言ったそうだ.

「女房がよくいうんだが,歴史を勉強すると,あらゆる文明は勃興しては滅びる.残る記念物はたった一つ-首都のどまんなかの大きな競技場だ」

これを読んで,東京オリンピック誘致の話が脳裏をかすめた.4選を果たした都知事には怒られそうだが...

様々な危機感を持ちつつも,著者は前向きだ.フラット化が世界を善い方向に導くと信じている.

うっかり見過ごされていることがあるが,経済活動においては,寛容な文化が国やコミニュティの最大の美徳になる場合がある.寛容が規範になったとき,すべての人間が繁栄する-なぜなら,寛容は信頼を生み,信頼はイノベーションと起業家精神の土台になるからだ.

ずばりいおう.適切に根気よく利用するなら,グローバリゼーションは無数の人々を貧困から救い出す巨大な潜在力を秘めている.インド,中国,アイルランドなどで,多くの人々が貧困から抜け出すのを見ていると,つい気持ちが昂ぶってしまう.それをわびるつもりはない.

目次

序文

第1部 世界はいかにフラット化したか(承前)

  • 大規模な整理

第2部 アメリカとフラット化する世界

  • アメリカと自由貿易―リカードはいまも正しいか?
  • 無敵の民―新しいミドルクラスの仕事
  • 理想の才能を求めて―教育と競争の問題
  • 静かな危機―科学教育にひそむ恥ずかしい秘密
  • これはテストではない

第3部 発展途上国とフラット化する世界

  • メキシコの守護聖人の嘆き

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