4月 162011
 

フラット化する世界〔普及版〕下
トーマス・フリードマン(著) ,日本経済新聞出版社,2010

読了.全3巻の大作で,読み応えは充分.実に刺激的だ.こういう本をきちっと読んでいきたい.

ここまで,「フラット化する世界〔普及版〕上」では,世界のフラット化の要因が10個挙げられ,産業界の変貌を中心に,フラット化によって世界がどのように変化したかが述べられた.続く「フラット化する世界〔普及版〕中」では,個人の能力や教育に力点が置かれ,フラット化した世界で若者が新ミドルの仕事につく準備をするのに役立つ5つのスキルと学ぶ姿勢がまとめられた.関連するコメントは「「フラット化する世界」における大学教育の国際競争」や「数学を勉強すべき理由:大学新入生は後悔する前に知っておこう」にも書いた.

最後の第3巻では,企業,我々自身,そして地政学とフラット化する世界との関係が描かれている.フラット化する世界において,企業はどうすべきか,我々はどうすべきか,フラット化は地政学にどのような影響を与えるのか.

「誰もが経済成長を望むが,変化を望む者はいない」

(経済学者ポール・ローマー)

あいにく,片方だけを手に入れるのは無理だ.まして2000年以降は,競技場が急激に変わっている.

そのようなフラットな世界で企業が指針とすべき9つのルールが示されている.

  1. 世界がフラット化すると,できるようになったことは,なんでもなされる.唯一の問題は,それを自分がやるか,自分に対してなされるかだ.
  2. ルールその1の副産物.できるようになったことはなんでもなされる世界になったいま,最も重要な競争は,自分と自分自身のイマジネーションのあいだでなされる.
  3. 小は大を演じるべし・・・大物ぶるのが,フラットな世界で小企業が繁栄する1つの方法だ.イマジネーションは必要だが,それだけでは足りない.想像したものを工夫できなければならない.小が大を演じる秘訣は,より遠く,より速く,より深いところを目指し,共同作業の新しいツールを速やかに利用することだ.
  4. 大は小を演じるべし・・・顧客が大物ぶるように仕向け,自分は小物として振舞うすべを身につけるのが,大企業がフラットな世界で繁栄する1つの方法だ.
  5. 優良企業は優良共同作業者である.フラットな世界では,多くの事業が企業内・企業間の共同作業によって行われるようになる.理由はいたって単純だ.テクノロジー,マーケティング,バイオメディカル,製造のいずれの分野でも,バリュー創出の次の階層はきわめて複雑になるから,独力でそれをマスターできる会社や部・課はどこにもない.
  6. フラットな世界では,定期的にX線検査を受け,結果を顧客に売り込むことで,優良企業が健康体を維持する.
  7. 優良企業は,縮小するためではなく,勝つためにアウトソーシングする.それは速やかに安くイノベーションを行うためのアウトソーシングであり,おおぜいを解雇して金を節約するのが目的ではない.それによって成長し,シェアを伸ばし,いろいろな分野の専門家をより多く雇う.
  8. 会社としてどのように物事を行うかが,現在では一段と重要になっている.
  9. 世界がフラット化し,ぺしゃんこにつぶされそうだと思ったら,スコップを持って内面を掘り起こせ.壁を築こうとするな.

実に様々な具体例を挙げて,企業や我々自身がフラット化な世界で為すべきことが述べられている.トーマス・フリードマン氏は言う.

実現しないのは,やろうとしないからだ.

そう.やらなければならない.やらなければ,誰かがやる.でも何をやるのか.いくつかの例を引用しておこう.

「若者がほんとうに大事な仕事をやりたいと思っても,有意義な仕事につくのは簡単ではない.ひとつには,企業の採用担当がキャンパスに来て,世界を変える仕事をあたえてくれるのを,じっと待っているからだ.来るのはコンサルティング会社や投資銀行ばかりだ.人事部の採用担当が面接のためにキャンパスに来るのを持っていてはいけない.自分の金で航空券を買うんだ」

(社会起業家のジェレミー・ホッケンスタイン)

従来,NRDCにやってきて,環境問題に関わって世の中を変えるにはどうすればよいかと人々が相談するときには,どんな法体系や環境関係の科学研究を拠り所にすればいいかと質問するのがつねでした.しかし,これからは,ビジネススクールに行ったらどうかと勧めることにします.そう忠告するのは,環境保護関連の法律や規制の枠組みは,おおむね確立したと確信しているからです.現状を見て私は,いまはそれを普及させ,実施させる段階だと気づきました.実施ということにかけては,ビジネスがずば抜けている.そういった確信に加え,環境問題を専門とする弁護士や科学者は,環境問題を専門とするビジネスマンよりもはるかに多いという事実があります.それに,環境保護を定着させるには,グリーン・ビジネスがどうしても必要なのです.

(エコー・テック・インターナショナルのロブ・ワトソンCEO)

インドの貧困と戦う現在の最重要戦力は,地方行政の改革をはかるNGOであると私が考えている理由は,そこにある.そういった組織は,インターネットその他のフラット化した世界の進歩したツールを使い,地方行政機関の腐敗,失政,脱税などを暴く.現在の世界で最も重要で有効で有意義なポピュリストは,金を出す人々ではない.1つの大きなもくろみを抱いて,地方レベルで小売改革を推進する人々だ.貧困層や無断居住者にも土地が簡単に登記できるようにし,どんなに小さなビジネスでも始めやすくし,司法機関で最低限の正義が守られるようにする.現代のポピュリズムを有効かつ有意義なものにするには,こうした小売改革を推し進めなければならない.

本書「フラット化する世界〔普及版〕下」でも,インドの話題は多い.HPが僻地の貧しい農村の文盲の農民を相手に商売できないかと考え,彼らの村で過ごし,絵を使って話をし,生活を見て,彼らのためにソーラーパネルを付けた移動式写真スタジオを作ったという事例も紹介されている.この写真スタジオが雇用機会を生み出し,これまで社会的な活動をすることさえ思い付かなかったような女性達に収入を得る機会を与え,事業は他地域へと展開されている.

先進国の金持ちではなく,地球上で大多数を占める貧しい人達を相手にして,彼らの生活を向上させることもできるビジネスを展開する流れができている.

フラット化は地政学にも多大な影響を与えている.サプライチェーンは国や地域を結びつけ,人々を結びつける.

「われわれは安定を重視する,とはっきり伝える.毎日が心配というようなことはない・・・このまま時が流れ,進歩が続けば,破壊的な出来事が起こる確率は急激に低下すると思う.われわれの産業がアジアの安定に寄与していることは,充分に理解されていないようだ.金を稼ぐことができ,生産力になり,生活水準が上がっていれば,悩みもなくなる.ふさぎこんで,おれたちをこんな目に遭わせたのは誰だ?とか,どうしてこんなひどい暮らしなんだ?というようなことを考えはしない」

(マイケル・デル)

この言葉には深い真実がこめられている.労働者や産業がグローバル・サプライチェーンに織り込まれている国が,戦争を起こして1ヶ月,1週間,いや1時間でも生産を停止したら,世界の産業と経済に甚大な被害をあたえ,ひいてはサプライチェーンにおける地位を剥奪されるおそれがある.それをどこの国も知っている.そうなったら,たいへんな代償を払うことになる.

もちろん,良いことばかりではない.

「インターネットというこの新しい情報伝播システムは,合理性よりも不合理性を多く伝える傾向がある.なぜなら,不合理性は感情的で,知識を必要としない.だから,より多くの人々に多くのことを説明でき,受け入れられやすい」

(メディアと政治の相互作用を研究している政治学者のヤアロン・エズラヒ)

かつて若者は逃避するのにLSDを使わなければならなかった.いまはネットに逃げ込む.注射する代わりに,ダウンロードする.自分の偏見に沿うものをダウンロードする.フラットな世界がそういったことを容易にした.

だが,インターネットは健全なコミュニティを仮想空間上に創出することもできる.そこに,フリードマン氏は希望を見出す.

eベイがこしらえたのは,オンライン市場ではない.自己統治のコミュニティ-つまり環境をこしらえた.そこでは,重度の障害者であろうと,SEC委員長であろうと,自分の潜在能力を発揮でき,コミュニティ全体によって,善良で信頼できる人物であることが認定される.屈辱を取り除き,尊厳を回復するのに,この自負と認定は,最も効果的な手段になる.アメリカがアラブ・イスラム世界と協力して,均等な競技場で,若者が成功し,潜在能力を遺憾なく発揮できるような環境を築くことも可能なはずだ.若者たちがあの世で殉教者の地位を得るのではなく,この世での活躍を認められて尊敬されるようにすれば,想い出よりも夢をいっぱい持っている若者を育てることができるのではないだろうか.

本書「フラット化する世界」の結論はこうだ.

われわれアメリカ人は,極端な保護貿易主義のもたらす大きなふたつの危険に直面している.9・11の再来を極端に恐れて壁のなかに閉じこもったり,経済的安全を重視し,11・9の国際社会で競争するのを極端に恐れ,壁で自分たちを仕切ったりすることが懸念される.いずれもアメリカと国際社会に大きな打撃をあたえる.そう.フラットな世界での経済競争は,日増しに激しくなり,参加者も増えると,私はいい続けてきた.われわれアメリカ人は,これまで以上に一所懸命働き,速く走り,知恵を働かせて,フラットなプラットホームで接続し,競争し,共同作業をし,イノベーションできるように工夫し,それがあたえる特典をすべて引き出さなければならないだろう.しかし,ここでも念を押したい.最も重要な競争相手は,自分なのだ-自分のイマジネーションを目いっぱい利用して,それによって行動し,つねに反映するように心がけよう.

あくまでもアメリカ人の目線から見た結論ではある.しかし,日本人も同じフラット化する世界にいる.震災の前でも後でも,そのことは変わらない.自分は何をすべきか,考えよう.

目次

第4部 企業とフラット化する世界

  • 企業はどう対処しているか

第5部 あなたとフラット化する世界

  • ローカルのグローバル化―新しい文化大革命が始まる
  • 実現しないのは、やろうとしないからだ
  • 人間がみんな犬の聴覚をそなえたら、どんなことになるだろう?

第6部 地政学とフラット化する世界

  • フラットでない世界―銃と携帯電話の持込みは禁止です
  • デルの紛争回避理論―オールド・タイムvsカンバン方式

結論 イマジネーション

  • 二つの選択肢と人間の未来―11・9vs9・11

謝辞

訳者あとがき

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