4月 222011
 

昔から今に至るまで,社会に損害を与える問題の構図は同じだ.

公害,リーマンショックに端を発した金融危機,地球温暖化.そして,東電と政府による原発災害も.いずれも同じだ.

恐ろしいのは,人災の及ぶ時間的空間的範囲がますます拡大し,その影響がますます甚大になりつつあることだろう.

問題は,コストとリスクの過小評価,利益の私物化,損失の国有化だと,トーマス・フリードマン氏は「グリーン革命」で述べている.

自然界でも金融業界でも,重要な役割を果たす個人と企業の責任意識が大幅に衰えた.金融業界全体が不正な経理にいそしみ,個人,銀行,投資会社がリスクを計画的に過小評価し,利益を私物化し,損失を国有化して国に押しつけた.一般大衆はそういう事情をあずかり知らなかった.

東電と政府による原発災害も全く同じことだ.十分に想定される規模の地震にも津波にも耐えられない原子力発電所を認可し,意地汚い一部の者が利益を私物化し,取り返しのつかない事故を起こした果てに,経産相が原発補償は国民負担だと宣う.誰も責任を取ろうとしない.国民もだ.

フリードマン氏は続ける.

市場と母なる自然はおおむねおなじ根本的理由から,同時に壁にぶち当たった.それをくりかえさないためには,その理由を理解しておく必要がある.3つのことに絞り込みたい.まず,自分たちがやっていることの真のコストをとリスクを計画的にぼかし,過小評価したこと.つぎに,IGB/YBG-なんでも好きなようにやればいい,どうせ勘定書きがまわってきたときには”おれはいない”もしくは”あんたはいない”-という言葉に象徴される,ビジネスと生態系にとって最悪の価値観がいたるところで適用されていること.そして3つ目は,利益の私物化と損失の国有化である.

数年後,10年後,20年後に,我々はどのような日本に住んでいるのだろうか.あなたは,どのような日本に住みたいのか.私は原子力発電所のリスクに怯えながら生きるのは嫌だ.それに,日本の安全で美味しい野菜や穀物や魚を食べていたい.綺麗な空気と水も必要だ.もちろん,自分の子供たちにも,そのような日本を引き継ぎたい.

今までの日本人の生き方の延長線上に,私が望むような日本社会はない.変わらなければならない.変えなければならない.