4月 242011
 

海江田経済産業大臣が,東京電力が引き起こした原発事故の補償について,「税金の投入か電力料金値上げか,国民負担のあり方を政府を挙げて考えている」と明言した.

震災の被災者および原発事故の被災者を救済することは必要である.しかも緊急に.だが,国民負担で東電を現状のまま救済するなどありえない.国民に,無謀な原子力発電所設置を強行してきた経産省や東電の尻拭いをする義理はない.税金の投入か電力料金値上げかなどと考える暇があったら,日本のエネルギー政策の在り方を根本から考え直すのが先だ.首相をはじめとする政府も既存マスメディアも原子力発電は必要であると宣言し,国民を洗脳し続けたいようだが,そんなわけはない.原子力発電に頼らないという選択肢もある.何を選ぶかは国民の判断だ.よく議論した上で,原子力発電を使い続けるというなら,それもいいだろう.しかし,原子力発電を利用するしか選択肢がないというのは,原発利権に固執する汚い人達か,不勉強なために無知な人達かのいずれかだ.どちらも日本のためにならない.

かつて,消費するエネルギーの99%を中東からの輸入に頼っていたデンマークは,今や輸入0%を実現している.しかも,議論の末に,1985年には,原子力ではなく再生可能エネルギーによってエネルギーを自給すると決断した.その結果,風力発電産業は今や強力な輸出産業に育っている.

イタリアの電力会社ENELは,30億ユーロを投資してスマートメーターを設置し,年間7億5000万ドルというコスト削減効果により,設備投資額をわずか4年間で回収した.かつ,消費者も電気代を節約できるようになった.

カリフォルニア州の電力会社PG&Eは,スマートグリッドを指向するパイロット事業を通して,ピーク時の需要削減率が43%にもなることを実証した.さらに,サンフランシスコ市は,「民主主義の復権」と「地域による電力市場の管理」のために,従来の電力会社から離脱することを決め,電力供給の51%以上を再生可能エネルギーによる電力供給と需要応答による省エネによってまかなうことを目標としている.

そう.日本に脱原発ができないはずがない.太陽光発電に必要な技術もある.ハイブリッド車や電気自動車の技術もある.日本に足りないのは,戦略と政策だ.

東電を国民負担で救済する前に,やるべきことはあるはずだ.

まず,発電部門と送電部門の分離,そして送電部門の売却とその売却益による被災者補償は必須だろう.これなしに税金投入や電気料金値上げなど馬鹿馬鹿しい.独裁社である電力会社をこれまで通りにしておけば,原発事故をこれからも繰り返しかねない.電力会社や保安院は,巨大地震の発生が確実視されている断層の上に建設されていることで世界に悪評高い浜岡原発は安全だと宣言している.福島で事故が起きた後にだ.それも,原発建設にかかわったGEの元エンジニアが,地震に耐えられる設計にはなっていないことを明確に伝えているにもかかわらず.もはや正気とは思えない.

国民は,いつまで知らないふりをするつもりなのか.どんな日本を子供たちに残してやるつもりなのか.犯罪を見て見ぬふりするのは不道徳だと誰しも思うだろう.原発問題も似たようなものだ.そういえば,”Justice”(正義)の講義でお馴染みのサンデル教授も,原発問題に関する議論は民主主義の試金石だと述べている.日本国民は議論に加わらなければいけない.

原発問題に関して積極的に発言している河野太郎衆議院議員の記事を紹介しておこう.

救済されるべきは東電ではない

今朝の各紙に東電の賠償に関する政府支援の枠組みが掲載されている。正式決定でもないのに、各紙に同じ内容が載るというのも変な話だが、様子見のアドバルーン、あるいは既成事実化を狙ったものだろう。

この計画はダメだ。なぜ、最初から国民負担で東電を救済しなければならないのか。

事故の責任者として、東電には、逆立ちしても鼻血も出ないという状況まで賠償させなければならない。送電網を含め、資産の売却も必須だ。

今回、送電と発電の分離に至らないような枠組みは、国民が許してはいけない。

国が立て替えて、東電が利益から払い戻すというのもおかしい。電力は、総括原価方式で、必ず利益が出るようになっている。それでは結局、国民が負担するだけだ。

電力の安定供給に問題がでるというならば、東電に全てはき出させた上で国有化すべきだ。現在の東電の存続を前提として、計画をつくるべきではない。

さらに他の電力会社に負担させ、電力料金を引き上げて、それに充てるなどというのは言語道断だ。それならば、まず、原子力環境整備促進・資金管理センターに積み立てた3兆円を使うべきだ。

この状況で、再処理をどうするかは当然見直しの対象になる。それならば、そのために積み立てた3兆円を当面、賠償に充てるのが筋だ。この3兆円には手をつけずに、政策の見直しはなるべくしないようにして、電力料金を引き上げるなどとはとんでもない。

この計画では、これまでの原子力政策の過ちを何も改めないということになる。

マスコミも、解説もせず、大本営発表をそのまま流すようなことをまたやろうというのか。

東電は、全てを賠償金のために準備するべきで、無駄な広告など、即刻やめるべきだ。

ぜひ、地元の国会議員に電話して、国民にまず負担させるような、こんな東電救済をやめろと声を上げてほしい!

声を上げますか、それとも泣き寝入りですか

たくさんの方々にメルマガ、ブログを読んでいただき、誠にありがとうございます。

しかし、これで終わってしまっては意味がありません。

東京電力の福島第一原子力発電所が起こした事故の賠償金を国民の電力料金を引き上げてまかなうという、政府の東京電力救済案には反対であるというインターネット上のみなさんの意見を、現実の政治に反映していかなければなりません。

ではどうすればよいのか。

地元の国会議員に皆さんの意見をきちんと伝えてください。

どうやって?

あなたは、あなたの選挙区で選出された国会議員がだれか知っていますか。知らなければ調べましょう。衆議院議員と参議院議員がいるはずです。

誰かわかったら、その議員のホームページで、事務所がどこにあるかを調べてください。場所がわかったら、訪ねていきましょう。遠慮することはありません。そのための事務所です。

今、通常国会が開かれていますから、国会議員は平日は国会にいることが多いので、地元の事務所に行くならば、平日なら月曜日か金曜日が狙い目です。

議員がいなくともかまいません。地元の秘書さんにしっかりと、救済されるべきは被災者であって東電ではない。東電が支払うべき賠償金を全国の国民の電力料金を引き上げて、国民に負担させるのは筋違いであると指摘して、現在報道されている政府の案に、議員がはっきりと反対の声を上げることを求めてください。そして、このことを議員に伝えるだけでなく、この件に関する議員の考えをこちらに伝えてほしいとお願いしてください。

具体的に議員がどう動いてくれるのか、それも教えていただきましょう。

事務所が遠かったりして、訪ねて行きにくいならば、電話をしましょう。電話に出てくれた相手の名前をうかがって、同じことを伝えましょう。電話ならば、一週間後にかけ直すので、それまでに議員の考えを聞いておいてくださいとお願いしましょう。

メールやFAXもありますが、やはり、訪問したり電話をしたりしたほうが、皆さんの考えをしっかりと伝えることができます。

よく、署名活動はどうでしょうかと聞かれます。集めた署名をどうするのでしょうか。

国会への請願という手段もありますが、個々の議員には請願は伝わりません。しかもたいていの場合、委員会で保留ということにされて、文字通りお蔵入りです。努力の割に効果がありません。

デモはどうでしょうか。こういう活動をこれから始めるぞという勢いづけにはいいかもしれません。もし百万人が集まって、東電を救済するな、被災者を助けろとデモができれば、意味があると思います。

五十万人ならば? たぶん。十万人ならば? たぶん。どこでやるのが効果的か考えましょう。

しかし、やっぱり効果的なのは、国会議員それぞれに、大勢の皆さんがきちんとそれぞれのおもいを伝えることです。

リビアと違って、政府軍が銃撃してくることはありません。北朝鮮みたいにそのままどこかに連れて行かれて行方不明になることもありません。

声を上げますか、それとも泣き寝入りですか。

  4 Responses to “国民負担で東電を現状のまま救済するなどありえない”

  1. こんばんは.

    今後100年間の日本のエネルギー政策をどうするのか?と,いう議論は本当に必要です.「原子力はダメだ!」とか「太陽光はダメだ!」などと感情的な水掛け論ではなく,じっくりと時間をかけて,納得のいく結論を得るようにしたいです.ただ,個人的・主観的な感想ですが,この問題に関心のある人は半分もいない気がします.普段の各選挙の投票率もそうですが半分以上の人は「??エライ人とか専門家が決めてくれるんじゃないの??」という態度であるか,もしくは完全に無関心である気がします.
    今の大人には関心を持ってもらいたいし,子供も小中学校の内から社会的な問題について(できれば授業時間の幾分かを割いて)自分で調べて議論をするというという習慣がつけば良いなと思っています.

    東電を経営責任を明らかにしないまま,国民負担で救済するのは納得できません.福島第一原子力発電所は過去にも数多くの事故隠しがなされており,このままの救済は経営責任を不明瞭にしてしまいます.
    また,発電会社の新規参入が遅々として進まないのも発電会社と送配電会社が同じ会社だからなのでは,と考えています.戦後の混乱期は寧ろその方が良かったのかもしれませんが,現在では日本全国で発電会社と送配電会社は別にして新規参入しやすくするべきなのではないかと考えています.
    家庭用のコジェネレーションシステムのエコウィルやエネファームは現在は停電時は使えず,かつ売電もできません.こういった所の規制緩和もどんどん進めてほしいです.
    エネルギー政策で電力ばかりが目立ってしまいますが,熱も意外と重要だと思っています.(CO2ヒートポンプの性能は向上していますが)電気から熱に変換するのはもったいなく,清掃工場,化学プラント,製鉄所などで日常的に捨てられている熱を暖房・給湯に使えるシステムも開発する価値があります.バイオマスも無理にガス化やエタノール製造せずに,薪を燃やしてお湯を沸かして配る,という方法でも良いと思っています.

    • Ishitobiさんの指摘のように,日本人の大きな弱点は「無関心」です.物質的豊かさに慣れてハングリー精神がなくなったとか,平和呆けだとか,色々な形容をされますが,要するに社会問題に対して無関心で,極めて自己中心的だということです.自分のことしか考えられない日本人が少なくない.これが戦後の日本社会の集大成というわけです.これでは,まともな政治家が少なくなるのも仕方ありません.

      今の政府には日本の将来を構想する能力はないようですし,マスコミには国民の味方になるつもりなどないようです.お互い,既得権益の枠組みでもたれあっている.それでも,インターネットを活用して,大本営発表の垂れ流しに真っ向から異を唱え,独自に活動するネットメディアも勃興してきています.今目の前にある問題に関心を寄せて,行動を起こしている市民もいます.これからしばらくが日本の未来を大きく左右する時期になるのではないかと思います.

      これだけの大震災が起こり,原発事故を引き起こして,日本という国の在り方が根本から問われていながら,結局何も変われないようなら,「天」は日本を見捨てるでしょう.それが都知事が言うところの「天罰」でしょうね.「天」を何に置き換えても構いませんが,ともかく,世界にとって日本の存在価値はなくなるでしょうね.どうでもいい国になるのではないかと危惧します.それは悲惨な事態です.

      より科学的・工学的には,日本人は事実に基づいて議論し,意思決定することが苦手ですね.これも教育の弊害なのでしょうが,マスコミの偏向報道に簡単に煽られるばかりで,自分で調べたり考えたりするという態度が身に付いていません.小学校から大学院まで全体で何とかしないといけないと思います.

      一教育者としては,教え子が,今の状況で「原発は安全です」とか「直ちに健康に影響はありません」と言うような技術者や研究者にだけはなって欲しくないと思います.

      エネルギーに関しては仰る通り,改善できることはたくさんあるはずですよね.

  2. 東電は怪しからんですけど、すべての責任を東電に押し付けてしまうのも問題ではないでしょうか。

    原発事故の悲劇はチェルノブイリで証明済みですし、地震とそれに伴う津波の破壊力は2004年のMw9.3のスマトラ地震をみても明らかなように、決して『想定外』なものではありません。『起こるべくして起こった人災』です。

    しかし、日本国民が『民主主義的』に政治家を選挙で選んでできた日本政府が東電の原発を容認してきたのですし、国民もフクシマが起こるまでは事故が起きた原発の存在を容認してきたわけです。ですから国民にも責任はあるはずです。

    多くの国民は生活のために働かなければならず専門的な知識もありませんから、事実に基づいた意思決定ができないのはむしろ当然です。何が事実かわからないのに意思決定しろというのも無理でしょう。

    また、マスコミの歪曲報道についても、歪曲されているかどうかの判断の基準がわかりませんから判断しようがないのが現実でしょう。

    ですから国民に多くの責任や負担を負わせることは酷というものだと思います。

    東電の次に責められるべきは国民に真実を語ることが職業である知識人たちでしょう。とくに原発事故は『科学災害』というべき人災ですから、専門的な知識をもち、事実を把握できるだけでなく、社会的に高く安定した立場にあり、一般国民に対して主導的な立場にある理系の大学教授の責任は甚大だと言わねばならないと思います。

    • しきちゃんさん,多くのコメントをありがとうございます.
      ここまで拝見して,どうも意見がぶれているのではないかと思います.

      ここでは「国民に多くの責任や負担を負わせることは酷というものだ」と言われています.その理由は「国民には知識がなく判断もできないから」です.

      一方で,過去の戦争責任については,問答無用で「日本国民は過去を反省しろ」と言われています.当時の日本人には知識があり判断もできたが,今の日本人はそうではないのでしょうか.

      知らないなら知る努力をすればいいわけです.そして今や,「フラット化する世界」がそれを可能にもしていれているわけです.フラット化とグローバル化は別物ですよ.

 Leave a Reply

You may use these HTML tags and attributes: <a href="" title=""> <abbr title=""> <acronym title=""> <b> <blockquote cite=""> <cite> <code> <del datetime=""> <em> <i> <q cite=""> <strike> <strong>