5月 222011
 

ハーバードの「世界を動かす授業」 ビジネスエリートが学ぶグローバル経済の読み解き方
リチャード・ヴィートー,仲條亮子,徳間書店,2010

私のように,まるで世捨て人のように,大学に引き籠もって,研究と教育と雑務に明け暮れて,世間に明るくなく,ましてや国際情勢などとは縁も所縁もないというような人は,本書「ハーバードの「世界を動かす授業」」を読むと,なんだか世界が理解できたような気になれるだろう.書かれていることは,素人にもわかりやすく,ふむふむと頷きながら読み進めることができる.お勧めだ.

いや,こんなことを書くと,真に受けてしまう人がいるかも...まあ,いいか.

それにしても,最近のハーバード関連本の流行は凄い.ハーバード・ビジネス・スクールを卒業するほど優秀な日本人の皆様が,日本市場に目を付けたということか.それもそのはず,日本の教育は「鎖国状態」なのだから.米国流を導入するだけで,坂本龍馬も衝撃を受けた「黒船」にもなってしまうってものだ.実際,本書にはこう書かれている.

中国ではハーバードをはじめ米国のビジネススクールが進出し,シンガポールではシカゴ大学やフランスのINSEAD,またミシガン州立大学はドバイなどと教育サービスで提携を結んでいるが,日本ではメジャーなものは何一つ起きていない.日本は教育・研究においてまさに鎖国状態.自国の教育制度がよほど気に入っているのだろう.教育はほんの一例にすぎない.金融サービスを始めとしたさまざまなサービス分野も同様にクローズドな状況だ.

日本は初等教育と中等教育がとても優秀で,欧米諸国をはるかにしのいでいるが,大学院レベルの教育でおくれをみせている.今日の日本の高等教育は開発戦略のニーズに合っていないと私は思う.ビジネス・スクールを考えてみよう.日本のビジネス・スクールは世界のトップ・ビジネス・スクールに入っているだろうか? そもそもビジネス・スクールは数えるほどしかない.一方,米国には数百校あり,もちろん,すべてが非常に優秀なわけではないが,優秀な学校でも20校か30校はある.

日本の大学に籍を置く者としては,耳の痛い指摘だ.しかし,世界の大学ランキングを見れば,自然科学や工学の分野では,東大や京大は世界ランキングでトップ20位に入っている.ランキングを下げているのは,それ以外のところだ.その1つがビジネス・スクールというわけだ.もちろん,教育が鎖国状態という指摘は大正解だ.そもそも講義が日本語なのだから...

さて,本書「ハーバードの「世界を動かす授業」」では,世界の国々をいくつかのグループに分類して,各グループの特徴を分析している.まずは,「アジアの高度成長」で,かつての日本や現在のシンガポールなどが含まれる.続く「挟まって身動きがとれない国々」には,メキシコなどが含まれる.そして,米国による侵略も含めて昨今何かと国際的に注目を集める「資源に依存する国々」の代表格は,ロシアやサウジアラビアだ.その他,「欧州連合」という特殊な取り組みを進める地域もある.さて,現在の日本はどのグループに属するのか.日本は米国とともに「巨大債務に悩む富裕国」とされる.この両国の問題は深刻だ.

一歩退いて,世界を見渡してみると,問題を抱えた地域はたくさんある.その中で私が一番懸念するのは日本と米国である.両者を比較したとき,より問題が深刻だと思われるのが米国である.世界で最も富裕な2大国が,政治システムにおいてこの10年,あるいは20年というもの,うまく機能してこなかった.そして経済状況は混乱している.もし米国と日本が適切な改革を行うことができるのであれば,両国はこれから10年で成長軌道に戻り,国力を強化させることができるだろう.ただしこれはあくまで仮定の話にすぎない.

では,「アジアの高度成長」に登場する昔の日本と,「巨大債務に悩む富裕国」に登場する現在の日本の違いは何なのか.色々あるだろうが,ヴィートー教授は本書で貯蓄と投資の効果を強調している.高度成長期の日本人はお金を貯めて貯めて貯めまくった.その貯蓄を吸い上げた郵便局や銀行が財政投融資や民間企業への融資をしまくった.その結果,日本は世界を驚愕させる成長を遂げた.ところが,今や日本人はアメリカ人並みにしか貯蓄をしない.いや,できない.投資も怠っている.その結果,元から停滞している政治はともかく,経済までもが停滞したままとなっている.

しかし,かつての勤労と貯蓄と投資の果実を,現在の日本は幸いにも享受している.だからこそ,どうみても日本はボロボロなのに,その日本の通貨である円は強い.ヴィートー教授は次のように述べている.

日本人は消費するより多くを貯蓄してきた.それを25~30年にわたって続けてきた.そして毎年,より多くを海外に投資した.巨額の経常黒字を海外に投資した.海外に工場を建設し,外国の企業や政府に融資をし,さらに何千億ドルという資金で米国債を購入した.欧州や東南アジアなど,あらゆる国に対しても同様のことをした.その結果,海外投資からの配当や海外に貸し付けた資金の利息の受け取りが増えたのだ.2008年のOECD報告書によると,その金額は1800億ドルに達した.つまり日本は過去に行った投資の果実を現在享受している.したがって巨額の貿易黒字がなくても,経常収支は黒字になる.国際的に見れば,日本は成功組の典型例であろう.国を挙げて貯蓄をし,世界中に投資し,そこから巨額の収入を得ている.そのようなことを成し遂げた国は,ドイツやシンガポールなど数カ国しかない.

日本の課題については,次のようにまとめられている.

日本の課題は明白である.世界の趨勢がグローバル化に進み,「国々が競争する」状況のなかにあって,内向き指向に傾斜している.政治面ではポピュリズムに終始し,その結果,財政構造の硬直化,赤字幅の拡大,巨額な累積債務(GDPの200パーセント)に苦しむ国となってしまったにもかかわらず,財政再建の道筋はまったく示されていない.財政再建に取り組むほか,安全保障,優位な外交展開,資源・エネルギー開発,科学技術,教育,ベンチャービジネスなど官民をあげて世界に立ち向かう成長戦略の策定と実行が課題であろう.

まあ,そんなことは他国の人に言われなくても,わかっている.わかっているけど,やめられない.それが今日までの日本人だ.

今のままだと日本は滅んでしまうのではないかと多くの人が思っている.思っているのに変わらない.それが今日までの日本人だ.

でも,ひょっとしたら,今回の大震災をキッカケに,日本人は変われるかもしれない.そんな期待も持っている.このことについては,「終わりの始まり.日本は世界に範を示そう.」に書いた.

話を元に戻そう.ハーバードと言えば,いわゆる講義ではなく,ケーススタディだ(というイメージを持っている).ケーススタディを通して,物事を分析するフレームワークを身に付けていく(というイメージを持っている).

ハーバード・ビジネス・スクールでは,すでに動いている国家戦略を分析するために,1970年代後半にブルース・スコット教授が開発した「国家分析」と呼ばれているものを採用している.この国家分析には以下の3つのフレームワークがある.

  1. 第1に,経済動向から,社会的・政治的状況を見つめる.
  2. 第2に,国家の目標,戦略,そして政策は何かをリストアップする.
  3. 第3に,その国の戦略が国家を取り巻く状況に合っているかどうかを分析・評価する.

なるほど.本書「ハーバードの「世界を動かす授業」」を読めば,その雰囲気を味わうことはできるというわけだ.本当に身に付けたければ,ハーバードに来いということだろう.

私もちょっとばかり流行好きなので,「ハーバード・ケネディスクールでは何をどう教えているか」(杉村太郎,丸田昭輝,細田健一,英治出版)「ハーバードからの贈り物 – Remember Who You Are」(デイジー・ウェイドマン,ランダムハウス講談社)を読んだ.これらを読んで感じるのは,大学および学生の使命や責任を,教職員や学生がしっかり共有しているという点でハーバードは凄いということだ.

ハーバード・ビジネス・スクールで講義する際,重要だと感じることがひとつある.私はこれまでAMP(Advanced Management Program)で2000人以上の企業幹部を教えてきたが,その経験を通じて思うのは,今,世界で何が起きているか,社会政策や経済はどうなっているかを理解することが誰にとっても何より大切であるということだ.とりわけハーバード・ビジネス・スクールで学んだ世界のトップクラスのビジネス・リーダーたちには,自分たちの国がよりよく機能するため,またよりよい世界を形成するための,特別な責任がある.

ちょっと考えてみてほしい.東京大学は何のために存在しているのか.この問いに教員や学生がどう答えるだろうか.これが日本のトップかと,目を覆うか,耳を塞ぎたくなるような回答が返ってくるのではないかと思ってしまうのは,何も私だけではないだろう.

目次

  • 序 世界の動きをいかに読み解くか
  • 第1章 国が発展するための8つの軌道
  • 第2章 アジアの高度成長
  • 第3章 挟まって身動きがとれない国々
  • 第4章 資源に依存する国々
  • 第5章 欧州連合という試み
  • 第6章 巨大債務に悩む富裕国
  • 第7章 国の競争力とは何か
  • 第8章 私たちのミッション
  • あとがき 世界の真の現状に触れながら学ぶ国際経済