6月 282011
 

水ビジネス 110兆円水市場の攻防
吉村和就,角川書店,2009

現在,海水淡水化を中心に,水関連の技術とビジネスについて勉強中.先に読んだ「水ビジネスの現状と展望 水メジャーの戦略・日本としての課題」(服部聡之,丸善)が期待はずれだったので,同じく「水ビジネス」をタイトルにしている本書を読むことにした.

流石,国際経験があり,日本の水関連政策にも関与している専門家が執筆しただけのことはあって,水ビジネスの全体像がわかりやすく書かれている.まあ,我田引水な感もあるが,それだけ著者の水にかける想いが強いということだろう.水ビジネスの入門書として,良い出来だと思う.

本書はまず,日本人にとって水問題は他人事ではないという説得から始まる.水資源に恵まれているように見える日本が実は水輸入国だというのだ.ここで登場するのがバーチャル・ウォーター(仮想水)という考え方.聞いたことがある人も多いだろう.何かを生産するのに必要な水の量を,バーチャル・ウォーターという.本書で紹介されている例を挙げておこう.以下は,それぞれの穀物や肉を1トン生産するのに必要な水の量だ.牛肉を手に入れるために消費される水の量が凄まじい.

白米:3600トン
小麦:2000トン
トウモロコシ:1900トン
牛肉:20600トン
豚肉:5900トン
鶏肉:4500トン

より身近な食品では以下のようになっている.近い将来,牛肉を使う牛丼やハンバーガーは,味はともかく高級食品になるのかもしれない.

牛丼:2000L
ハンバーガー:1000L
ざるそば:700L
オムレツ:600L
みそ汁:20L

バーチャル・ウォーターに関しては,次の数値にショックを受ける.

日本国内で一年間に発生する食品系廃棄物(食べ残し)は2000万トン.国内外からの食料総量の20パーセントに相当すると言われている.これを水の量に換算すると240億トン.国民一人当たり,年間190トンもの水を捨てていることになる.一日にすれば500リットル.

ちなみに,バーチャル・ウォーターで計算すると,日本は水輸入国だ.我々日本人の食料を自給するに足る水資源を日本は持っていない.これはかなり深刻な事態だと言えるだろう.

ライバル(RIVAL)という英単語の語源が川(RIVER)だという話を聞いたことがある人も多いと思うが,昔から,水は争いの元であった.今でもそうだ.実際,アフリカなど水問題が深刻な地域では,水を巡って武力衝突が発生し,多くの人が亡くなっているという.日本人にも馴染みがあるところでは,例の湾岸戦争がある.イラクがクェートに侵攻した理由の1つが,水の確保だったと言われている.そして,その後が酷い.

(湾岸戦争の)空爆の際,イラク国内の水道施設は,多国籍軍の誘導ミサイルによって壊滅的な被害を受けた.実は「浄水場の破壊は非人道的な行為として,ジュネーブ協定で禁止」されているのだが,多国籍軍,すなわちアメリカはこの協定に違反して浄水場を意図的に破壊した.ヨーロッパ各国からは「ジュネーブ協定違反である」という非難声明があがったものの,結局は国連安全保障理事会の議題にのぼることすらなかった.いうまでもなくアメリカが強硬に反対したためであった.

サダム・フセインによる水道管の更新が進んだ後の2003年,イラクに「国際テロ組織・アルカイダと密接な関係を持ち,大量破壊兵器を所有している」という「嫌疑」が発生.同年3月20日,国連決議を待たずに独走したアメリカ軍に空爆されて,再び水道施設を破壊されてしまう.ちなみに空爆直前まで,ロシア,ドイツ,フランス,中国はアメリカの攻撃に対して強硬な反対の姿勢をみせた.この4カ国は前述したとおり,湾岸戦争終戦後にイラク国内の石油採掘権を購入していた国々である.彼らがなぜ反対したのかは明白だ.(中略)その一方で先進国間の巧妙な交渉も展開されていた.仮にアメリカが攻撃し勝ったとしても,ロシア,ドイツ,フランス,中国が保有するイラクの採掘権を保証すれば,攻撃を黙認することはやぶさかではない,というものだった.(中略)2003年3月から始まったアメリカ軍による「弾薬の在庫一掃セール」とも呼ばれた大規模空爆によって,イラク国内の水道はイラン・イラク戦争,湾岸戦争に続いて,3度目の大きな被害を受けることになった.施設そのものが破壊されたのもさることながら,劣化ウラン弾による水質汚染やその後の健康被害も深刻な問題になった.

国を再興させないためには,水を止めればいい.それを米軍が実践したのが湾岸戦争だったというわけだ.しかも,劣化ウラン弾だ.どうしようもない.

ともかく,これほどまでに水問題は人類にとって大きな問題であるというわけだ.そのような認識を持った上で,水ビジネスについて考えてみる必要がある.

まずハッキリしていることは,海水淡水化に利用される逆浸透膜などの分離膜技術について,日本企業の技術力は世界一ということだ.複数の企業が素晴らしい技術・製品を開発している.ところが,半導体など他産業と同様に,その高い技術力が儲けに直結していない.もはや普遍的になってきた感のある,日本の残念なところだ.

(膜技術の話)を聞くと,世界の水ビジネス界において日本がリーダーシップをとれるのでは,と考えたくなるが,残念ながらそれは早計だ.2025年には世界の水ビジネスは約110兆円規模になるともいわれているが,その内訳は,日本が得意とする海水淡水化の膜などの素材分野が約1兆円,エンジニアリング,調達,建設などが約10兆円,そして残りの約100兆円は施設管理や運営業務といわれている.(中略)そして100兆円市場を独占しているのが水メジャーであり,残念ながら,目下,この分野における日本企業のアドバンテージはない.

なんとか優秀な技術をテコに,日本企業に海外で施設管理や運営業務を受注してもらいたいと思うわけだが,これがなかなか難しいようだ.では,一体,何が問題なのか.

日本の民間企業にも問題がないわけではない.最大のウィークポイントは,やはり,国内・海外とも上下水道事業そのものを運営した経験がないことである.それならば日本のODA(無償・有償資金)を活用して海外進出も考えられるが,日本の二国間ODAは96パーセントがアンタイド(資金拠出国以外への発注)で,実績,経験,価格競争力のない日本の水関連企業の出る幕がない.この状態は今後も続くだろう.ちなみに,アメリカのアンタイド率は28パーセント,フランスは38パーセントである.

日本のODA経由の水関係ビジネスは,浄水場や下水処理場のハコモノ建設に限られ,日本が建設した後は,フランス系の企業が管理運営している場合が多い.極端にいうと,日本のODAは海外の水企業を利するために活用されているとも言える.つまりは「露払い」というわけだ.今後日本は,ハコモノだけではなく,人材育成や維持管理をも含むODAをするべきであろう.

社会に貢献するのは実に大切なことである.日本のODAもその精神は実に立派である.しかし,もっと工夫はできないものかとも思う.真剣に見直されるべきだろう.

これで水ビジネスに関する入門書を2冊読んだわけだが,喫緊の課題は技術そのものではないようだ.もちろん,さらなる膜技術の進展はあるだろうが,それが日本企業の利益には必ずしも直結しないというのが現実らしい.しかし,入門書で指摘されているような問題点は企業は十二分に承知しているはずで,それでも事態を打開できないというのは何が問題なのだろうか.恐らく,1つは硬直した行政の問題があるろう.後は経営能力か?

ちなみに,膜そのものの機能向上とは別に,様々な技術的課題がある.本書とは全く関係ないが,最近,海水淡水化を題材に色々と教えていただく中で,少しずつ課題が見えてきた.個人的に興味があるのは,材料開発とかではなく,システム的な観点からの問題設定とその解決なのだが,取り組む価値がある問題はあるようだ.さらに勉強を続けよう.

目次

はじめに―採取可能な水、「0.01パーセント」の真実

第1部 世界中で足りない水

  • 世界を襲う「ウォーター・クライシス」
  • 「バーチャル・ウォーター」―水輸入大国・日本
  • 地球温暖化が水資源の枯渇をもたらす

第2部 水が引き起こす戦争

  • イラク戦争は「水戦争」だった?
  • 世界は水を巡る紛争・問題に溢れている

第3部 巨大「水マーケット」をめぐる攻防

  • IBMが水ビジネスに乗り出した意味
  • 水不足に商機を見出す海外「水メジャー」
  • 新興国も参入する「110兆円水市場」
  • 日本の上下水道の現状と課題
  • 動き出した日本の産・官・学―「チーム水・日本」の役割

おわりに―ジョン・F.ケネディの「夢」は実現するか?

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