8月 022011
 

司馬遼太郎「坂の上の雲」を読む
谷沢永一,幻冬舎,2009

過去に起きたことは動かしようのない事実だとしても,その解釈は人によって立場によって異なる.さらに,すべてが明らかになるはずもない.それは日露戦争も同じ.

司馬遼太郎の「坂の上の雲」についても,そこで描かれている内容の真偽に関する立場の違いは色々とあるようだ.しかし,ここでは,そんなことは気にしない.主に教育とか人材という観点から,学べることを学ぶ.

本書「司馬遼太郎「坂の上の雲」を読む」では,まず,明治維新を経て近代化を目指す日本において,若者が日本のため自分のためにどれほど執念を持って学問したかが記されている.

「食うだけは,食わせる.それ以外のことは自分でなんとかおし」というのが,平五郎久敬の子供たちへの口ぐせであった.ここまでが親の責任だった.それからは自分の甲斐性だけだ.家が貧乏だからと言い訳をする人間などいなかった.産んでもらっただけで有難い,それ以上を望むのは男の恥だった.生きるとは自立のための努力をいうのである.こうした熱気あふれる若者があふれかえっていたからこそ,その上昇気流を誘導するため,明治政府は色とりどりの煙突を建てた.師範学校と陸海軍の士官学校である.試験にパスすれば,資産がなくても進学できた.お金がかからずに勉強ができて,卒業すれば高級が約束されているのである.こうした専修学校の魅力がいかに輝いていたことか.

だれもが,自分に教育を授けてくれたのは明治のこの社会であることを知っていたから,それを社会に還元することを義務であると考えていた.社会から受けたものは社会に返さなければいけないのである.つまり,国家の独立と社会の向上に貢献するための学問が,立身出世の柱となったのだ.専修学校は,そうした学問を授ける場だった.明治の日本には,それを使命と信じる教育者が大勢いたのである.

たとえば,ウソのような逸話がある.パリだったか,ロンドンだったかに,ある日本人留学生がいた.彼が夜も寝ないで熱心に勉強しているのを見るに見かねた下宿のおばさんが,「そんなことをしたら体を壊すじゃありませんか.もっとゆっくりおやりなさい」と言った.すると彼はこう言った.「いやおばさん,私が一日怠けたら,日本の発展が一日遅れるのです」

つまり,自分を生かすことがすなわち国を生かすことであり,自分を生かすことすなわち栄達することで,それが国のためになるという時代だったのである.

この気概だ.この気概とそれを活かす制度があったからこそ,日本は周辺アジア諸国のように植民地化されず,独立国家として列強と伍するまでになった.列強は辺境の島国が自分たちに伍しているなんて微塵も思っていなかっただろうが.

しかし,このような勉強への執念を現代の日本人に求めるのは無謀というものだろう.物資はあふれ,進学は難しくない一方で,勉強したからといって将来が安泰なわけでもない.栄枯盛衰を地でいく国の悲しいところか.

ある学者に地方から講演依頼があったときの返事が紹介されている.

「行ってやりたい気持ちはあるけれど,しかし,私が講演に行って一日怠けたら,日本の学問が一日遅れるからなあ」

凄い発言だ.二つ返事で講演を引き受ける私とはレベルが違う.

次に,上司と部下という観点で見てみよう.薩摩が輩出した西郷隆盛,西郷従道,大山巌について「坂の上の雲」には次のように書かれている.

薩摩的将帥というのは,右の三人に共通しているように,おなじ方法を用いる.まず,自分の実務のいっさいをまかせるすぐれた実務家をさがす.それについては,できるだけ自分の感情と利害をおさえて選択する.あとはその実務家のやりいいようにひろい場をつくってやり,なにもかもまかせきってしまう.ただ場をつくる政略だけを担当し,もし実務家が失敗すればさっさと腹を切るという覚悟をきめこむ.

ついついニュースで報じられる現代の政治家と比べてしまうのは何も私だけではないだろう.明治以前も,人材を大切にするのは当然のことであったろう.ところが,日露戦争以降,そうではなくなったと指摘されている.

戦国武将は,限られた手持ちの駒である部下を惜しみいとおしんだ.ところが,昭和の陸軍はそれとはまったく逆の考え方をし,実行したのである.それは徴兵制によって,兵隊はいくらでも召集できると高をくくった結果である.

激動の明治時代に,高等文官試験制度が作られた.これにより,近代日本のエリート養成の枠組みができたことになるが,これがろくでもない代物であったと本書は指摘している.

高等文官試験の制度ができたのが,明治18年である.そのときから高等文官試験を優秀な成績で通ると,大蔵省かほかの有力な省から声がかかる.ところが,小村寿太郎のやったいちばん悪いことは,その高等文官試験よりも上に外交官試験を位置づけたことである.このことによって,外交官試験をトップで出た松岡洋右など,自分より賢い人間は日本中にいないと思い込んだに違いない.

そこへさらに帝国大学をつくり,帝国大学の法学部をトップで出た人は,ほとんど無試験で公務員試験にパスするシステムになる.試験だけで,一生の序列が決まるようになってしまった.

そして,高等文官試験よりも外交官試験のほうが上だと評価してしまったために,東大在学中に外交官試験をパスすると,東大を中退してしまうという人が出てきた.

真のエリートを育成しなければならなかったはずの日本は,試験の結果だけで偽者エリートである官僚軍人を輩出し始め,国の行く末を暗雲立ち込める嵐の中へと追い込んでいくことになるのである.

これが昔話でないのが現代の日本だ.

日本を興すのも滅ぼすのも日本人だ.人材をいかにして育てるかは真に重要な課題のはずである.

「坂の上の雲」いついて,なるほど,そういう解釈があるのかと気づかせてくれるのが,本書「司馬遼太郎「坂の上の雲」を読む」だろう.

目次

  • まことに小さな国が、開化期をむかえようとしている-国と人を育てた明治という時代
  • おそろしさはその素人ということじゃ-秋山好古・秋山真之・正岡子規
  • 日本人は飲まず食わずで巨大海軍をつくった-日露戦争前夜
  • はじめて『近代』というもののおそろしさに接した-日露戦争勝利の真相
  • 勝った収穫を後世の日本人は食いちらした-日露戦争が日本に与えた悲劇
  • 作家にとって知識は敵である-司馬遼太郎の作品と生涯のテーマ