9月 062011
 

なぜ人はニセ科学を信じるのか Ⅱ 歪曲をたくらむ人々
マイクル・シャーマー(Michael Shermer),岡田靖史(訳),早川書房,2003

なぜ人はニセ科学を信じるのか Ⅰ 奇妙な論理が蔓延するとき」に続く後半.前半では,超常現象,エドガー・ケイシー,臨死体験,異星人(UFO)との遭遇,魔女狩りの現代版である記憶回復運動,そしてエイン・ランドの客観主義が取り上げられた.後半にあたる本書では,創造論とホロコースト否定論が取り上げられている.

創造論は,進化論と対極をなす主張で,要するに「宇宙(地球)は神がつくられた」というものだ.特に原理主義的な創造論者は,旧約聖書に記載されているとおり,宇宙(地球)は6日間でできたと主張する.比喩ではなく,正確に6日×24時間で宇宙(地球)ができたというのだ.まあ,そう信じたい人は信じるのもいいだろう.それは信仰の自由だ.リチャード・ドーキンスなら,「信仰の自由だと,ふざけるな!そんな妄想が罷り通ってたまるか!」と一喝するだろうが...

ともかく,創造論者が独りで妄想に取り憑かれているだけなら,別に問題はない.厄介なのは,創造論を学校で教えろ,進化論を教えるなと創造論者が息巻くことだ.もちろん,創造論者がいくら騒いだところで,良識のある市民が取り合わないというなら,社会的な問題にはなりえない.ところが,アメリカで実際に起こったことは,進化論に対する創造論の勝利なのだ.全く信じられないような話だが,何も中世の話をしているのではない.そもそもアメリカにそんな長い歴史はない.つい最近の出来事だ.

グラビナーとミラー:
「彼らは世論を見方につけたと信じてはいたが,1920年代後半の進化論者は,そもそもの議論の争点である,『高校で進化論を教える』という事柄については事実上,負けを喫した.スコープス裁判以後,高校の生物の教科書にある進化論の平均記載率が低下してしまったからである」

メンケン:
「このように停滞したわびしい土地で,常識も良識も欠く一人の狂信者に導かれてネアンデルタール人が組織化を進めているぞという,国中への注意の喚起なのである.テネシー州では,それを拒否する動きがあまりに消極的で遅きに失したために,いまや法廷は伝導集会所に姿を変え,権利宣言が警察官にまであざわらわれるしまつである」

当時の様子がこのように伝えられている.20世紀の話だ.しかも,進化論が息を吹き返すのは,なんと1960年代になってから,それも,ソ連が人類初の人工衛星スプートニク一号を打ち上げたショックが原因でというお粗末さだ.

事態は30年以上にわたってなんら変わることがなかったが,ついに1957年10月4日,ソビエト連邦による最初の人工衛星スプートニク一号の打ち上げにともない,国家機密とは異なり,大自然の秘密は隠すことができない-いかなる国家も自然の法則を独占することはかなわない-という事実をアメリカは思い知らされることになる.このスプートニク恐慌をきっかけに,アメリカでは科学教育再興の動きが起こり,進化論も学校教育の場へと復活を果たしたのである.1961年,全米科学財団は生物科学教育構想に関連して,進化論教育における基本要綱をまとめ,さらに生命誕生は進化論にもとづいているという内容の,生物学の双書を刊行した.

それで,21世紀の今,進化論対創造論の戦いに決着はついたのか.面白いことに決着はまだついていないらしい.それどころか,1990年代になって,「宇宙自然界に起こっていることは機械的・非人称的な自然的要因だけではすべての説明はできず,そこには『デザイン』すなわち構想,意図,意志,目的といったものが働いていることを科学として認めよう」というインテリジェント・デザイン説が提唱され,進化論に対抗しようとしている.

ちなみに,カトリック教会ですらインテリジェント・デザイン説を支持してはおらず,むしろ,進化論を認めている.このため,創造論者やインテリジェント・デザイン論者はバチカンを批判したりもする.それって罰当たりじゃねぇの!?

おや,そこのあなた,今,「これだからアメリカは・・・」と鼻で笑いませんでしたか?

日本にもあるんですよ.「創造デザイン学会」という学会が.「ダーウィニズムこそは、現在の青少年問題を始めとする、この世界を覆う精神的狂いの元凶だと言ってよい」と断言している学会が!

さて,本書「なぜ人はニセ科学を信じるのか」の話に戻ろう.本書でかなりの頁数を割いて解説しているのが,ホロコーストはあったかなかったかという議論だ.著者は,ホロコースト否定論者の論法のまちがいは,創造論者のようなほかの過激派グループのまちがいに不気味なほどよく似ていると指摘している.次のような共通点があるらしい.

  1. みずからの見解に関する最終的結論をほとんど述べずに,相手の弱点を集中攻撃する.
  2. 対抗する主張の主たる学者たちが犯した失策を利用し,相手の結論が少しばかりまちがっていたからという理由で,その結論は「まったく」のまちがいだとほのめかす.
  3. 自分たちの意見に説得力を与えるために,有名な主流派の言葉を断片的に引用する.
  4. ある分野における特定の問題点に関する学者たちの純粋無垢の議論を,その分野全体の是非にかかわる論争だと誤解している.
  5. 一般に知られていないものには注目するが,知られていることは無視し,また都合のいいことは強調するが,都合の悪いことは軽視する.

私は,神や霊がいてもいいと思っているし,私の気に障らない限りは信仰の自由も認めてもいいと思っている.(ちなみに,無分別な信仰の自由なんて権利はありえないと思っている.そんな権利を認めたら,殺人でも何でも認めなくてはならなくなる.)それでも,科学的な態度は大切にしたい.

目次

進化論と創造論

  • はじまり
  • 創造論者との対決
  • 科学は弁護し、定義した

歴史と偽史

  • ドナヒューの行動
  • 誰がホロコーストはなかったと言ったのか、なぜそう言ったのか?
  • どうすればホロコーストがあったことがわかるのか
  • ピジョンホールと連続体

希望は決して潰えない

  • ティプラー博士、パングロス博士に会う
  • なぜ人々は奇妙な物事を信じるのか?

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