9月 292011
 

ぼくらの頭脳の鍛え方
立花隆,佐藤優,文藝春秋,2009

こういう本を読むと,自分がいかにモノを知らないかがわかって,冷や汗をかく.自分の無知を自覚することができるだけでも,読む価値があるというものだろう.

本書「ぼくらの頭脳の鍛え方」は,立花隆氏と佐藤優氏の対談をまとめたものであり,副題「必読の教養書400冊」の通り,この二人が自分の書棚から100冊ずつ,書店の文庫・新書の棚から100冊ずつを選び,合計400冊のリストを示している.

こういう本を読むとき,当然ながら,教養を身に付けたいと思っているものだ.ところで,教養とは何か.立花氏は次のように定義している.

「人間活動全般を含むこの世界の全体像についての幅の広い知識」

「その人の精神的自己形成に役立つすべてのもの」

「現代社会を支えている諸理念の総体」

「知っていないと恥ずかしい知識の総体」

「各界で教養人と見なされている人々と恥ずかしくない会話を持続的にかわせるだけの知的能力」

最後の「各界で教養人と見なされている人々と恥ずかしくない会話を持続的にかわせるだけの知的能力」などという定義は,あまり格好は良くないかもしれないが,卑近でわかりやすい.

大学では教養課程がなくなって久しい.専門知識だけ叩き込んでおけばいいという風潮がある.社会が教養を求めなくなった経緯については,竹内洋氏が「教養主義の没落―変わりゆくエリート学生文化」(中央公論新社)にまとめている.結論は以下の通りだ.

新中間大衆文化は,隣人と同じ振る舞いを目指し,すべて高貴なものを引きずりおろそうとするフリードリッヒ・ニーチェのいう「畜群」(衆愚)道徳に近いものではなかろうか.(中略)あるいは,ホセ・オルテガ・イ・ガセットがいった凡俗に居直る−「凡俗な人間が,自分が凡俗であるのを知りながら,敢然と凡俗であることの権利を主張し,それをあらゆる所で押し通そうとする」(『大衆の反逆』)−大衆平均人の文化といったほうが実態に即している.「サラリーマン」型人間像つまり大衆平均人間にむけて強力な鑢をかける文化である.こうした意味での「サラリーマン」文化の蔓延と覇権こそ教養主義の終わりをもたらした最大の社会構造と文化である.

本当に教養は必要ないのだろうか.私には,そうは思えない.教養について,立花隆氏が次のようにまとめている.

今,教養という言葉は死語になりつつある.また,万巻の書を読みつくせる人はいません.結局は,人生の残り時間を確認しながら,最大の成果を得られるように計画を作るしかない.そのとき,知識の系統樹が頭に入っていることが大切です.それとやはり紙媒体に書かれたものを読む,つまり読書が必要なのです.なぜなら,最初の話に戻りますが,人類はそうやって脳を発達させてきたからです.

現代においては,必ずしも紙媒体に書かれたものを読む必要があるとは思わないし,そうやって脳を発達させてきたから今後もそうすべきだという理屈が論理的に正しいとも思わないが,やはり,いわゆる教養というものを身に付けておきたいと思う.

この立花隆氏の意見は,「最大の成果をあげるために教養が必要」と主張しているように読める.確かに,それはそうだろうが,私としては,「成果とは何であるかを自分で考えるために教養が必要」とも思っている.人によって成果の中身は異なるからだ.しょうもない成果を出すことに満足してしまわないためにも,成果をよく定義したいものだ.

本書では,次のよう指摘もなされている.

立花:東大の大学院は東大の学部よりレベルが低いと言われています.

佐藤:これ,非常に危ないですよね.

立花:学部より大学院が上という常識が崩れている東大の研究科が沢山あります.

佐藤:ロシア語のことわざに「魚は頭から腐る」というのがありますが,東京大学大学院がそういう状況だと他は推して知るべしですよ.

立花:日本の教育はガタガタで,経済的な破綻の根っこには,知的な破綻があるんですよね.しかもそういうことに気づかない連中が国を仕切っている.

確かに,その通りだろう.

さて,本書の対談では,実に様々な話題が取り扱われている.そのうちのいくつかを紹介しておこう.

1つはニセ科学の話題.ポパーの反証主義に絡めて,反証不可能な議論は論外だと断じられている.反証できないものと言えば,細木数子の「このままだと地獄に堕ちるわよ」が有名だろう.こんなものを有り難がるというのは,知的訓練がなされていない証左と言える.

立花:ポパーの主張の要点は,反証不可能な議論は,科学においても,政治においても,経済においても,すべて間違いであるということです.そこから出発している.神様が出てくると反証不可能になってしまいます.

佐藤:公理系をどう考えるか,ゲーデルの「不完全性定理」とポパーとの整合性をどう考えるかという問題だと思うんです.議論を組み立てる上で,絶対に疑い得ない,反証不可能な何かー公理から出発しなければならないですよね.

立花:公理から出発しなければならない,と考えるのは一つの立場です.そう考えたとたん公理系が存在することが前提とされ,その人の考えは公理系の中に閉じ込められてしまうことになる.大切なのは,そういうことを前提とせず,公理系があるかどうかわからないけど,とりあえず,確実と思われる体験事実を積み上げていくことで世界認識を深めていこうと考えるオープンマインドネスなのではないかな.

ニセ科学については,佐藤優氏が以下のように強い懸念を表明している.

ニセ科学の破壊力は現在,かつてないほど大きくなっているからです.私はニセ科学の問題を理解するときに非常に参考になるのは,ユルゲン・ハーバーマスの「晩期資本主義における正統化の諸問題」だと思います.(中略)何でこんなに科学技術が進んで識字率が高くなっているのにみんなつまんないことを信じちゃうの? それを一言で言うと,順応の気構えというものがあるからだと.現代人は,ある情報について,一つ一つ検証していけば,全部検証する基礎的な学力,別の言い方をすれば,論理連関を追う能力はある.しかし,検証すべき情報が厖大であると,一つ一つ自分で検証していたら疲れてしまうでしょう.そうなると,とりあえず識者が言っていることは事実として受け止める.自分自身はひっかかって理解できなくても,誰かが説明してくれるだろう,という気構えができるんです.この順応の気構えによって受動的になってしまう.だから,テレビを観ると順応の気構えがついてくる.ワイドショーの有識者のコメンテーターが説明してくれることはとりあえず確かだろうと受け入れる.これが怖いんです.そして,順応の気構えとテクネー(技術)が結びつくと,もっとひどい世の中になる.

他には,世知辛い世の中を生きていくための知識.

立花:大学の教養課程でも,「暗黒社会論」,「悪の現象学」的なコースを設けるべき.悪徳政治家,悪徳企業のウソを見破る技法,メディアに騙されない技法を教えることが現代の教養には欠かせません.

佐藤:あと,私は「嘘をつくな」という教育も必要だと思うんです.優等生は嘘をつくんですよ.(中略)外務省で部下が嘘をつくと外交戦争が起こることがあるからなんです.

仮に「暗黒社会論」や「悪の現象学」みたいな科目を教えるとしたら,大学が相応しいのだろうか.これらの知識が本当に必要だとしたら,中学高校くらいで教えとかないといけないような気もする.大学に行かない人も多く,大学までに思考方法はかなり固まってしまうからだ.

このように必要な教養は多種多様であるが,日本人に最も欠落している教養は何か.それは地政学だと立花隆氏と佐藤優氏は言う.

立花:日本人に欠けている最大の教養アイテムはゲオポリティクスだと思います.

佐藤:その通りですね.

立花:ゲオポリティクスがないから歴史もよくわからない.

さらには,こんな話題も.

佐藤:イスラエル軍は,不登校の高校生で,ゲームオタクの少年たちを集めて,軍が運営する学校のような施設を造ったんです.何をさせるかと言ったら,TVゲーム機のプレイステーションでひたすらゲーム.無人飛行機を操縦させるんですよ.2006年のレバノン戦争で実際に投入されました.

立花:戦争はゲーム化せざるをえない側面がありますね.(中略)戦争に参加する人たちが,リアルに人を殺すという感覚を持たないような時代になっています.

佐藤:イスラエルの情報屋も心配していましたよ.ゲームオタクの少年たちは,現時点でイスラエルの国益に貢献しているけれども,彼らには命の感覚がわからない.イスラエル社会で今後何か大変なことが起こるんじゃないかって.

ともかく,私は,本書で紹介されている本のいくつかを読んでみようと思うし,実際に読み始めている.

目次

  • 読書が人類の脳を発達させた―狂気の思想、神は存在するか、禅の講話
  • ブックリスト1 知的欲望に満ちた社会人へ―書斎の本棚から二百冊
  • 二十世紀とは何だったのか―戦争論、アメリカの無知、スターリンの粛清
  • ニセものに騙されないために―小沢一郎、官僚は無能だ、ヒトゲノム
  • 真の教養は解毒剤になる―マルクス、貧困とロスジェネ、勝間和代
  • 知の全体像をつかむには―東大生・立花隆、神学生・佐藤優、実践読書術十四カ条
  • ブックリスト2 すぐ役に立つ、すぐ買える―文庫&新書二百冊

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