11月 162011
 

メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学
松永和紀,光文社,2007

数年前,関西テレビ制作・フジテレビ系列放送のニセ科学番組「発掘!あるある大事典」のデータ捏造問題が発覚し,大きな社会問題となった.犯人以外のメディアは,こぞって「発掘!あるある大事典」を非難したが,彼らにその資格があったかどうかは(非常に控えめに言っても)甚だ疑問である.

本書「メディア・バイアス あやしい健康情報とニセ科学」は,そのようなトンデモ報道の具体例を示しながら,なぜトンデモ報道が生まれ,しかもそれが罷り通るのかを解説している.データを捏造するという行為は,記者や番組制作者に倫理観がないことを明らかにしている.しかし,それだけではなく,記者や番組制作者に加えて,視聴者や読者に科学リテラシーがないことが問題を大きくしている.そもそも,あんな番組が放送されただけで,翌日に当該商品が店頭から消えるというのは馬鹿げている.

馬鹿げているのだが,それが日本の現実なので,本書のような啓蒙書が必要になるのだろう.しかし,啓蒙されるべき人たちは啓蒙書など読まないだろうから,問題が解決される見込みはなさそうでもある.東京電力の原発事故に端を発する放射能騒ぎを見ても,前途多難な感は拭えない.

本書で取り上げられている事例をいくつか紹介しておこう.

まず,そう言えば凄い騒ぎだったよなと,本書を読んで思い出したのが,環境ホルモン(内分泌攪乱物質)だ.精子が減って子供を産めなくなるとかいう報道が延々と繰り返されていた.その後,この問題はどうなったのだろうか.環境ホルモンという単語を聞く機会は全くなくなったが,偉大なる自然の浄化作用により,環境ホルモンは見事に消滅したのだろうか.

『環境ホルモン 人心を「攪乱」した物質』(日本評論社)によれば,政府は98年環境ホルモン対策に百数十億円の補正予算を計上.翌年以降も年額70億から80億円の予算を費やして,2002年まで委託研究を行い,多くの研究者が研究資金を受け取っています.研究者が人びとの不安を煽れば煽るほど,国が予算を捻出し研究費が潤沢になる,という構図でした.環境省も省に昇格する直前で,組織としての存在感を高めるべく,懸命でした.委託研究の結果をプレスリリースする際も,取材する記者に対して危険性を強くアピールしていた,と私は環境省記者クラブに所属していた記者から聞きました.

人に対する環境ホルモン作用が確認された物質は,現在のところありません.哺乳類についてもなく,化学物質に敏感に反応する魚(メダカ)で4物質の作用が確認されたのみです.しかもその作用は,人の尿中にあって,下水処理場が出す水に含まれる女性ホルモンよりも,はるかに低いものでした.結局,環境省のSPEED’98は2005年に見直され,リストは廃止されました.

諸外国では,環境ホルモンについて日本ほど騒いでいません.騒動に批判的な研究者の意見もマスメディアに折々登場しましたし,政府も落ち着いたもの.(中略)どうも日本だけが巨額の国費を注ぎ込み,多くは無に帰したのです.

ハーバード大学リスク分析センターは2004年,フォン・サール博士の研究をはじめとするさまざまな関連する研究結果を集めて詳細に調べた結果,ビスフェノールAは低用量においても人の健康には影響しないと発表しました.結局,低用量仮説は完全否定されました.ところが,この仮説が否定されたという重大事を,日本の新聞やテレビなどはまったくと言っていいほど伝えていません.その結果,「化学物質はどれも,信じられないほどの微量で影響する」などという誤解が広まったまま消えないのです.

松永氏はこのように指摘している.扇動的な報道に国民が焚き付けられた結果,莫大な国家予算を無駄にしてしまったというわけだ.「いや,環境省が主導した研究の結果,環境ホルモンの危険性が否定されたのであって,研究には意義があった」という意見があるかもしれない.そういう人には是非本書を読んでもらいたい.環境ホルモンなどないというのは,多くの企業や研究者にとって,あまりにも当然のことだったということがわかるだろう.

結局,多くのメディア従事者にとっては,扇動して視聴率と販売部数さえ稼げればそれでよく,事実を報道する責任など気にかけていられるかということなのだろう.

別の例として,食品添加物批判が取り上げられている.食品添加物が消費者から目の敵にされるようになったのは,週刊金曜日による「買ってはいけない」による.その後,「「買ってはいけない」は買ってはいけない」で徹底的に反駁され,週刊金曜日の「買ってはいけない」はトンデモ本に認定されたが,「食品の裏側―みんな大好きな食品添加物」(安部司,東洋経済新報社)の登場によって再び,食品添加物が注目された.

著者の松永氏は,食品添加物の「バッシングは科学的な根拠を欠いています」と指摘する.

その結果,意外なことに消費者にとって大きな不利益が生じています.(中略)「合成保存料・着色料不使用」などの表示で商品に付加価値を持たせようという動きがますます加速していますが,それはむしろ,添加物の使用増に結びついています.

研究者に尋ねてみると,ほとんどの人が十分に安全性評価が行われている合成着色料の方が安全だ,と断言します.しかし,添加物メーカーにしてみれば,合成着色料ではなく,高い天然色素を使ってもらう方が販売量も儲けも格段に増えるのです.食品メーカーや流通業者が添加物バッシングに踊らされるほど,安全性は下がり添加物メーカーは儲かる,という驚くべき現象が起きています.

コンビニ業界最大手のセブン-イレブンは2006年5月,調理パンで使用しているハムやソーセージ類から「リン酸塩」を追放しました.(中略)セブン-イレブンはウェブサイトのイラストで,リン酸塩を摂取しすぎると,「骨粗しょう症を誘因する」「キレる子どもが増加する」とハテナ記号をつけながらもうたっているのです.(中略)ハムやソーセージが原因で慢性的なカルシウム不足に陥ることなどあり得ないのです.なのに「キレる子ども」などという定義もはっきりしない脅し文句で宣伝しています.私は企業姿勢を疑いますが,雑誌などでセブン-イレブンの添加物減らしの取り組みは好意的に取り上げられているのが実情なのです.

多くの企業は必要最小限の食品添加物を科学的,合理的に使い,きちんと表示して消費者の理解を得ようとしています.そうした企業が批判され,「キレる」などという扇情的な言葉で宣伝する企業が得をする.そんな社会を今,メディアとその報道に振り回される消費者が作りだそうとしています.

こんなことを許していてはいけない,というのが本書の主張だ.

食品の裏側―みんな大好きな食品添加物」で著者の安部氏は,自分のことを,食品添加物の神様と呼ばれ,食品添加物を自在に操り,ヒット食品の数々を生み出してきたと紹介している.私もそれは凄いなと思って読んだのだが,松永氏は異を唱える.

プロの書き手,取材者であれば,著者が「食品添加物の神様と呼ばれた」と自ら書いていることに注目して本当かどうか検証し,添加物業界や日本食品衛生学会でこの著者を知る者が皆無であることに気付くべきでしょう.

えっ,そうだったの?と私も自らの不明を恥じるほかない.

上記の他にも,本書では,非科学的な無農薬信仰や,ニセ科学の定番である水からの伝言などが取り上げられている.義務教育にまで侵入している「水からの伝言」については,次のようなエピソードが紹介されている.

娘が学校から帰るなり,「今日,ものすごい授業があった」と教えてくれました.教師は「二つのびんにご飯を入れ,それぞれにバカとありがとうという紙を貼っておいたら,バカの方が早くカビが生えるそうですよ.バカなどという言葉を使ってはいけません」と説明しました.すると,聞いていた男の子がすかさず,「バカのびんにはつばがかかったんじゃないの?」と言い出したといいます.ところが,教師は無視.その授業を見学していた別の教師が,「関係ない話をするんじゃない」と叱りつけたそうです.

この男の子は物凄く優秀だろう.頭の回転が速い.ここで紹介されている学校で,その才能が潰されてしまわないことを祈ろう.

最後に,フリーライターとしての自身の経験も踏まえて,まともな科学報道がなされない理由が述べられている.

私自身は新聞記者を辞め,科学的に誠実であることと面白い読み物の両立を目指して仕事をしていますが,フリーのライターになって数年は収入があっても取材経費を引けばほとんど残らない,いえ赤字になってしまう,という状況でした.丹念な科学報道が軽視される構図は,マスメディアの底辺にあるフリーランスライターの業界だけにとどまりません.テレビ局や番組制作を請け負う会社,新聞社などさまざまな組織で,まともな取材をしてもお金にならない,評価につながらないというのが現実です.だからこそ,捏造問題まで起きるのです.

自分の身は自分で守れ.そのために,科学リテラシーを身に付けろ.

中学生,高校生の諸君,理科が嫌いとか言ってる場合じゃないぞ.テレビや雑誌の捏造報道に騙されないためにも,理科は勉強しておかないといけない.受験科目にないとかそういう問題ではないのだ.自分のために勉強するんだ.

目次

  • 健康情報番組のウソ
  • 黒か白かは単純すぎる
  • フードファディズムの世界へようこそ
  • 警鐘報道をしたがる人びと
  • 添加物バッシングの罪
  • 自然志向の罠
  • 「昔はよかった」の過ち
  • ニセ科学に騙されるな
  • ウソつき科学者を見破れ
  • 政治経済に翻弄される科学
  • 科学報道を見破る十カ条

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