11月 232011
 

医薬品メーカー 勝ち残りの競争戦略
伊藤邦雄,日本経済新聞出版社,2010

本書「医薬品メーカー 勝ち残りの競争戦略」は,日本を含めた世界の製薬業界の現状について,その全体像を把握するのに非常に参考になる.製薬メーカーに勤めている人はもちろん,製薬メーカーが気になる学生や,医療費問題が気になる社会人なら読んでおいて損はないだろう.難しい内容ではないので,特に知識がなくても,誰でも読める.

一般の人が製薬業界に抱くイメージとして,「給料が高い」というのがある.実際,入手できる情報から判断すると,給料水準は他業界に比べて高い.製薬企業に転職した複数の人からも,「大幅に」給料が上がったという話を聞く.製薬メーカーの利益率がそれだけ高いということだが,このまま将来も順調に行きそうだとは必ずしも言えないようだ.

深刻な問題は2つある.1つは2010年問題と呼ばれるもので,ブロックバスター(売上数千億円規模の大ヒット医薬品)の特許が2010年前後に次々と切れるため,売上げが激減するという危機だ.日本の新薬メーカーでは,例えば,武田薬品のアクトス(糖尿病,売上3847億円)が2011年11月に,エーザイのアリセプト(認知症,3228億円)が2010年11月に,アステラスのプログラフ(拒絶反応,1867億円)が2008年4月に,米国で特許が切れる.遅れて2016年4月には,第一三共のオルメテック(高血圧,2383億円)の特許が切れる.これらはリストの一部に過ぎないが,影響の大きさがわかるだろう.

2008年における,特許が切れる製品群の医療用医薬品売上のに占める割合を見てみると,武田薬品が80%にも達しており,2010年問題の影響は極めて深刻であると思われる.その他,エーザイが60%,アステラスが30%,第一三共が20%といったところだ.海外のメガファーマで50%を超えているところはなく,武田薬品の80%は突出している.

もちろん,特許が切れたからと言って,病気がなくなるわけではない.薬への需要は継続して存在する.しかし,特許が切れれば,高価な新薬を使わなくても,低価で同じ薬効のジェネリック医薬品を使うことができるようになる.(まともな)医療機関としては,薬効が同一なのであれば,医薬品は安い方が良い.実際,アメリカでは,特許切れ後1年間で80%がジェネリック医薬品に置き換わるらしい.医療制度の違いなどがあり,日本ではそこまでジェネリック医薬品が一般化してはいない.

新薬メーカーとしては,ブロックバスターに代わる大型製品を上市したいところだ.しかし残念ながら,新薬開発は難しくなってきており,2010年問題の業績への影響は避けられないと予想されている.

これに追い打ちをかけるように,少子高齢化に伴い,医療費を抑制しなければならないと声高に叫ばれるようになってきている.これが2つめの深刻な問題だ.望ましいこととはいえ,医療費を総額で抑制すれば,売上は減る.この事態にも医薬品メーカーは対応しなければならない.ただし,医療費抑制が追い風となる医薬品も存在する.それが,低価なジェネリック医薬品および薬局等で処方箋なしに購入できるOTC医薬品である.ジェネリック医薬品やOTC医薬品のメーカーにはチャンス到来というわけだが,競争は熾烈であり,生き残りには優れた戦略が不可欠である.

では,どうすればいいのか.医薬品メーカーはどのような戦略を描いているのか.これが本書「医薬品メーカー 勝ち残りの競争戦略」の主題である.

基本的には,新薬開発における主戦場であった低分子薬には将来性がないため,新薬メーカーは開発の重心をバイオ医薬へと移すことになる.これは治療対象が生活習慣病領域からアンメット・メディカル・ニーズ(UMN)領域へと移ることを意味する.このような分析のをふまえて,伊藤氏は次のようにまとめている.

  1. ロシュは,UMN特化型モデルのリーディング・カンパニーとして先頭を走っている
  2. ファイザー,メルク,武田薬品などの優良企業は,これまでの生活習慣病領域に依存したビジネスモデルに固執したため,パラダイムシフトに乗り遅れた
  3. ノバルティスは多角化型モデルのリーディング・カンパニーとして先頭を走っており,それをGSK,サノフィがワクチンを足がかりに,新興国を中心に開拓する新たな多角化型モデルで追っている

ロシュは,本書で非常に高く評価されている.業界内で先陣を切って,アンメット・メディカル・ニーズ(UMN)領域へとシフトし,成功を収めているためだ.

アンメット・メディカル・ニーズ領域のニッチ市場を大企業であるロシュが牽引しているのは紛れもない事実である.

本来,優良企業は「収益力や競争優位を維持するための資源配分プロセスがある限り,売上規模が比較的小さい市場に資源を振り向けることはないし,またそうすべきでもない」.では,なぜ,大企業のロシュがいちはやくアンメット・メディカル・ニーズ領域に経営資源を配分することができたのか.

クリステンセンは,優良企業が破壊的技術を探り当てる方法について次のように述べている.「資本関係の有無はどうあれ,自社から独立したスタートアップ企業に実験させるとよい.ハングリー精神旺盛な小組織であれば,経済的な賭けに出ることも厭わず,また失敗してもへこたれず,市場に一番乗りしたことで得られるフィードバックに応じて製品やマーケティング組織を機敏に変更できる」

ロシュの成功要因は,そのベンチャー的組織風土にあるというわけだ.さらに,

  • 研究者の裁量を高めるホールディングス化という組織体制を構築することができた
  • 巧みなM&Aを通じて,中外製薬やジェネンテックなどの買収企業に自治を認め,自由な研究開発を促した

「こうした施策により,大企業でありながらベンチャー企業の先進性と機敏さを維持することができた」と評価されている.

一方,ファイザー,メルク,武田薬品などの優良企業がパラダイムシフトに乗り遅れてしまったのはなぜか.この問いに答えるために,伊藤氏はクリステンセンの「イノベーションのジレンマ」を用いている.

(え~,このブログを読まれているような方であれば,「イノベーションのジレンマ」は知っていますよね.えっ,知らない!? ここで解説はしませんので,知らない方は本を読んで下さいね.)

医薬品業界には現在,2重の破壊的変化が起きている.ひとつは,低分子薬からバイオ医薬への新市場型破壊,もうひとつは,GE,OTCの急激な突き上げというローエンド型破壊である.これら2つの破壊的変化が同時に起きたからこそ,医薬品業界全体に激しく大きな揺らぎが生じ,それを受けて各社が戦略を転換したり,大再編が起きたりしているのである.

どちらか一方のジレンマのみでは,かつての優良企業であるファイザーやメルクや武田薬品が苦境に陥ることはなかったかもしれない.2重のジレンマが起こったからこそ,これら優良企業でさえ業界の構造変化の波に機動的に対応するのが遅れてしまったといえるだろう.

素人ながら,この分析には私は賛成しない.というのも,製薬業界の現状をイノベーションのジレンマという切り口から見る場合,当て嵌まる破壊的イノベーションは,ローエンド型破壊のみであって,新市場型破壊は当て嵌まらないと考えるからだ.実際,伊藤氏も新市場型破壊の2つの特徴のうち1つがバイオ医薬には当て嵌まらないことを認めている.それなのに,イノベーションのジレンマですべてを分析したように見せるのは,ちょっと無理があるのではないか.

さて,新薬メーカー以外にも注目すべき国内メーカーがある.例えば,小林製薬.本書「医薬品メーカー 勝ち残りの競争戦略」では,OTC市場で成功している企業の例として取り上げられている.

同社は,巨大市場をねらうのではなく,潜在的な需要のある市場に革新的な製品を投入することにより,比較的小規模な市場で圧倒的に高いシェアをとっていることが見て取れる.つまり,消費者が「あったらいいな」と思う問題解決型製品を投入することで,消費者に潜在的ニーズを認知させ,認知度の向上とともにシェアを高めているのである.まさに,市場創造型企業と言える.

経営方針を見ても,そのスタイルの一貫性がうかがえる.小林製薬は「創造と革新」をモットーとしている.ニッチ市場で画期的な製品を生み出して大きく育て,ナンバーワンを維持することに注力しているのである.

このようなことができれば苦労はしない!わけだが,では一体,小林製薬はどのようにして「創造と革新」を実現しているのか.本書によると,社長,開発部,社員などの内部からの提案に加えて,原材料メーカーや広告代理店など外部からのアイディアも積極的に取り入れているとのことだ.加えて,「創造と革新」を支える企業風土を醸成する仕組みとして,「さん付け呼称制度」と「社員提案制度」を採用している.

注目すべきは,「社員提案制度」の目的だろう.この制度の真の目的は,アイディアを集めることではなく,「消費者視点で考える」「わが社は開発型企業である」という2つの意識を社員に植えつけることだという.

さて,2010年問題を乗り越えて,日本の製薬企業は世界にその存在感を見せ付けることができるだろうか.頑張ってもらいたい.

目次

  • いま医薬品産業に何が起きているのか

第 I 部 2010年問題と新薬メーカーの戦略

  • 制度が与えるインパクト
  • 根底で起きている市場の変化
  • アンメット・メディカル・ニーズに特化する
  • 再燃する多角化と新興国市場
  • 迫られる戦略転換

第 II 部 医療費抑制政策とGE・OTCメーカーの戦略

  • 医療費抑制政策が与えるインパクト
  • 成長するGE市場での競争激化
  • 多様な戦略が考えられるOTC市場
  • 変わる競争ダイナミズム

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