12月 262012
 

今年も,クリスマス前に,長男8歳と長女6歳がサンタクロースさんに手紙を書いていた.もちろん,「プレゼントに○○を下さい」というのが主旨ではあるが,かなり長文の手紙で,近況報告やサンタさんへの質問などが便箋にギッシリと書いてある.さらに,封筒には,「疲れたときに食べてね」と,キャンディーも入れてある.サンタさんも喜んでくれることだろう.

欲しいものとして,長男は「ポケモンカードゲームのデッキ」,長女は「おでかけワンちゃん おしゃれセット」を書いていた.しかし,我が家に来てくれるサンタクロースさんは,必ずしも子供の希望通りのプレゼントをくれるわけではないようだ.

子供は子供目線で欲しいものを欲しいと言う.それは親目線ではどうかと首をかしげるようなものかもしれない.それでも,我が家では,誕生日のときには何でも欲しいものを買ってあげると言っている.しかし,サンタクロースさんはそうではない.私が思うに,サンタクロースさんは,子供の世界が少し広がるようにと願って,子供が今欲しいものではなく,もらえば喜ぶものを見事に選んでくれているのだろう.長男の場合,ポケモンカードは既に何百枚と持っているわけで,これ以上のカードをプレゼントするよりは,もっと他のものがよいということだ.

そんなサンタクロースさんが,今年のクリスマスに長男に贈ってくれたプレゼントは,「赤外線ヘリコプター ジャイロメタル ネオファルコン3」という,室内用のラジコンヘリコプターだった.

赤外線ヘリコプター ジャイロメタル ネオファルコン3
赤外線ヘリコプター ジャイロメタル ネオファルコン3

対象年齢は15歳以上となっているが,3chで扱いやすく,飛行も非常に安定しているので,小学校高学年であれば全く問題なく遊ぶことができる.今年の新製品で,実売価格は4000円程度らしい.

本日,ネオファルコン3を使い始めた長男は,私が帰宅する頃には,既にホバリングはできるようになっていた.就寝前には,床に置いた本(ヘリポートを想定)に着陸させることもできた.それが初成功で,凄く喜んでいた.

この赤外線ヘリコプターは結構丈夫なようで,壁に激突させても壊れることはない.当分は,親子そろって大いに楽しめそうだ.サンタクロースさん,ありがとうございました.

12月 242012
 

科学コミュニケーション-理科の< 考え方>をひらく
岸田一隆,平凡社,2011

もう5年も前のことになるが,関テレが「私たちは何を間違えたのか 検証・発掘!あるある大事典」という検証番組を放送した.要するに,テレビ局が視聴率を稼ぐためにデマを流していたというのだが,そこには徹底した科学的態度への軽視があったように思う.この事件が発覚したとき,視聴者の怒りの矛先はもちろんテレビ局に向かったわけだが,「発掘!あるある大事典」の放送翌日にスーパーの店頭から紹介された食材が消えるという社会現象を,苦々しく,あるいは冷めた目で見ていた人も多く,スーパーに走っていた人たちは悪くはないが,科学的態度が身に付いていなかったことも確かだろう.

東日本大震災に伴う原発事故が重大な問題となり,反・脱・何とか原発と各派が入り乱れて世論を大きく分断するような事態となったが,そこで目立ったのも非科学的な言動であったように思う.御用学者といったレッテルとともに,科学に批判的な意見があちこちで目立つようになった.これだけ科学技術の恩恵を受けている人達が,無分別に科学技術を批判するのは奇妙なことではあるが,それだけ,絶対安全と言われ続けた挙げ句に引き起こされた原発事故とその後の対応は,科学技術への強い不信感を抱かせるに十分な出来事であったのだろう.

科学技術が日常生活の中に溢れ,日常生活を支え,これからも支えていく以上,科学技術に無関心であるのはよくないだろう.本書「科学コミュニケーション」で岸田氏はこう強調している.

科学が嫌いな人がいてもいい,おもしろくなくてもいいのです.ただし,無関心だけはダメなのです.

一般市民が科学に対する感性を持つことは,戦いにおける戦術のひとつを理解するようなものです.戦術を理解しなかったからといって反則をとられることはないように,科学に対する関心を持たなくても誰かから罰せられるわけではありません.ですが,チームの構成員の多くが戦術理解と共通認識を欠けば,チームは戦えません.同様に,新しい時代を築くにあたり,科学への無関心は致命傷ともなりかねません.おそらく,科学への無関心は,他人や世界に対する無関心とも結びついています.

科学に無関心な人は,一市民として科学を上手に利用する社会を作り上げていくことに協力できない.だから,本当は誰もが科学に関心を持つ必要があるわけだが,問題は,日本では知的市民の科学への関心が低いことである.こう岸田氏は指摘している.

知的市民は高等教育を経験しています.しかし,日本の学校教育は学生の能力開発よりも試験の成績を重視する傾向が強く,そのため,学校教育では詰め込んで得た知識は,卒業後にみごとに抜け落ちてしまいます.経済協力開発機構(OECD)が二〇〇六年に五十七ヵ国・地域の十五歳を対象に実施した学習到達度の調査では,日本の高校一年生の科学的知識は,やや後退傾向にあるとはいえ,世界の中でも上位に位置しています.それに対し,先ほども簡単に触れたように,成人の科学的知識となると先進国中最低レベルに落ち込んでしまう始末です.

困ったことに,社会を動かしている知的市民の科学への関心は,日本ではあまり高くありません.科学の知識レベルも先に書いたように残念な状態です.社会の未来を決めている人たちがそうであってはいけません.このままでは,人類の適応のための大切な道具を生かしきれずに,未来を歩まなくてはならなくなります.(中略)

私たちが私たち自身の未来を選ぶためには,まず最初に,現状把握と未来予測をしなければいけません.私たち自身が実際の分析を行うのは無理でも,専門家が出した具体策や数字に対して,私たち自身が判断をくだすのです.そのためには,批判的で健全な科学的感性や確率論的感性が,知的市民に備わっていなければなりません.次に,判断して選んだ具体策を,私たちみんなが同意しなくてはいけません.そのためには,危機に陥る原因となったそれまでの価値観を変革し,新しく選んだ価値観を共有しなくてはなりません.解体に向かった人々の間の結合も,何らかの形で再結成しなくてはなりません.すなわち,こういった知的市民の選択と採用に寄与することこそ,共感・共有に基づいた科学コミュニケーションの仕事なのです.

答えるべき問題は2つある.1つは,どのようにすれば科学コミュニケーションが知的市民の選択と採用に寄与することができるのかということ,もう1つは,どのようにすれば批判的で健全な科学的感性や確率論的感性を備えた知的市民を養成できるのかということだ.

科学コミュニケーションの在り方について,本書は科学者側に意識の変換を強く求めている.これまでのような押し付けがましい態度ではいけない,それでは嫌われるだけだと.

本書で繰り返し見てきたように,人間は本質的に社会的であって,科学には向いていません.科学的に考えるという行為は,人間の本来の心理的傾向からすれば,むしろ不自然なことらしいのです.そして,自分自身で多少なりとも科学に触れたくても,蓄積された科学の伽藍は巨大で道のりは果てしなく,多くの人は不安感や絶望感に襲われてしまいます.ですから,スタート地点として,「科学はつまらない」「科学は不自然である」「科学は人を拒絶する」という認識からコミュニケーションを始めた方がよいのです.科学嫌いの人たちに話を聞くと,「一人でも多くの人に科学のおもしろさを実感してもらい,好きになってもらいたい」という態度で,科学者や教師が近づいてくること自体が嫌われているようなのです.

科学コミュニケーションで伝えるべき内容については,徹底して,伝えるべきは知識ではなく方法と世界観であると強調されている.

科学は「方法」なのです.研究対象や得られた知識を指すのではありません.対象や知識の上では科学と同じ姿をしていても,方法の要件を満たしていないものは,科学とは呼べません.そういったものは「擬似科学」と呼ばれます.

科学が方法であり,観察や観測や実験による検証が重要であることは,科学者にとっては当たり前のことです.しかし,一般の人にとってはどうでしょうか.理論を一般市民が自分で検証することは,現代の科学では事実上不可能です.それに,ニュートン以降,物理学の専門書は,呪文のように意味不明なものになってしまいました.その呪文を解読するためには,大学院修了にいたるまでの長い修行が必要です.実験をするにも秘密の技と儀式を会得しなければなりません.科学の方法は厳し過ぎて,一般の人は完全に締め出されています.したがって,科学者の言うことを聞いて,それを信じることしかできません.信じるだけならば,科学でも擬似科学でも神秘思想でも同じことです.

ですから,本物の科学を伝えようと思ったら,それは知識だけでは不十分なのです.真に伝えるべきは方法と世界観なのです.

伝えるべき方法,伝えるべき科学の本質とは,「懐疑主義に基づいた合理的方法」のことである.これこそが科学と科学以外のものとを分けるポイントになると著者は述べている.

現代の科学者はすべて,デカルトの直系の子孫と言っても過言ではありません.本物の科学の精神は彼から始まります.

デカルトは,ギリシア時代や中世から受け継がれてきた「仮説演繹法」を厳密に整備しました.まず,仮説からスタートします.それを論理的に演繹して結論を出します.結論が既知の事実に関することならば「説明」であり,未知の事実に関することならば「予測」です.最後に,結論を厳密な検証にかけます.検証の方法はいくつかあります.よく知られているように,「観察」「観測」「実験」などがありますが,理論同士に矛盾がないという「論理的整合性」をチェックすることも強力な検証の手段です.

つまり,科学は実証性がなくてはいけません.反証することが可能でなくてはいけません.結論を検証する方法が原理的に存在しなければ,それを科学と呼ぶことはできません.ただし,技術的に検証が難しいだけでしたら,科学と呼んでも構いません.(中略)

そして,科学には再現性がなくてはいけません.前提となる条件を同一に整えておけば,同じ現象が(確率的なふるまいであったとしても)再現できなくてはいけないのです.(中略)

さらに,科学は懐疑主義で臨まなくてはいけません.あらゆることを疑い,厳しい検証と批判にさらさなければいけません.そこで生き残ったものこそ,本物の科学です.無批判に受け入れたり,思考停止したりすることは,科学の最大の敵です.

では,伝えるべきもう1つのもの,世界観とは何か.岸田氏は以下のように説明している.

人類は社会性を進化適応の武器として選びました.大きくて柔軟な大脳が,そのために必要でした.その大脳は強い共感力と言葉による論理を人間にもたらしました.共感と理解による世界認識が,人間の大脳の持つ最大の武器となりました.それゆえ,人間は必然的に,ある心理的な傾向を持つことになりました.すなわち,相手の心をわかりたい,社会の仕組みをわかりたい,外界をわかりたい,自然をわかりたい,宇宙をわかりたい.人間にとって「わかること」こそが生き残りの道なのです.したがって,「わからない」という状態はとても不安です.それは,人間にとっては生命の危機を意味するからです.

新しい刺激が入力された時,人は自分の頭のなかにある「わかるための枠組み」に基づいてその刺激を位置づけ,わかろうとします.枠組みは経験によってできあがったものです.もし,何の枠組みも形成されていなければ,そもそも何もわかりません.このような枠組みのことを世界観といいます.

だから,人はわかりたいと思った時,まず欲しいのが世界観の器なのです.それは,身の回りで起きたことだけで構成されている日常的世界観かもしれませんし,現実に起きているあらゆることを世界史の一部として解釈する歴史物語的世界観かもしれません.自然や宇宙を認識する時,人によっては,科学的世界観でとらえていることもあれば,神話的世界観や宗教的世界観でとらえていることもあります.どの世界観が優れていて,どの世界観が劣っている,という問題ではありません.こういった世界観は,外界に適応するために,それぞれの人の経験や学習によって形成されたものなのです.

科学コミュニケーションにおいて大切なのが,知識の伝達ではなく,方法と世界観を伝えることであるならば,それらを多くの人達に伝えるためにはどうすればよいのだろうか.岸田氏は,方法と世界観を具体的なものに置き換えてみることが有効だろうと述べている.

たとえば,方法とは,研究活動そのもののことです.そして,研究活動とは,科学者の人生そのものです.さらに,世界観とは,世界を理解するためのストーリーであり,物語のことです.すなわち,「研究活動」「生の科学者」「物語」.こういったものを伝えることが,何らかのヒントになりそうです.

一方,科学的感性や確率論的感性を備えた知的市民を養成するためには,科学コミュニケーションのみならず,大学が果たすべき役割が大きいと指摘されている.

どういった知的市民を養成すべきかについても,私たち人類は考えなくてはいけません.これは主に大学の役割でしょう.大学が大衆化した今,多くの大学の最も重要な役割は,即戦力や専門技術者の養成以上に,いかに質の高い知的市民を養成するかということにあると私は思います.それが社会のゆくえを左右するからです.必要なのは新しい時代のリベラルアーツです.それは,学問的素養というよりも,共同体運営の素養です.人類が集団として生き延びるための知恵です.おそらく,鍵となるのは「総合化」だと思います.

さて,長くなってきたので,そろそろ締めるとしよう.本書は科学コミュニケーションについて書かれたものであるが,人間とは何か,科学とは何か,という本質的な問いについて考察するところから始まり,科学コミュニケーションが伝えるべきは,知識ではなく,科学の方法と世界観であると看破し,科学コミュニケーションの使命を再定義している.さらに,それにとどまらず,人類が生き残るために我々がなすべきことも指摘している.

視野が狭く,プレーの選択肢が多くない選手は,たとえどんなに特殊な技能を持っていようとも,ゲームを作ることはできません.同様に,たとえどんなに優れた専門家であっても,視野が狭く,世界のあらゆる問題を自分の問題として背負う気構えのない人には,文系・理系を問わず,世界を動かすことはできません.世界を本当に動かすのは,精神の自立と価値観の共有を両立させることに成功した,知的市民の成熟した連帯です.

知的市民が世の中を動かすのだとすれば,質の高い知的市民の養成が未来への鍵となります.必要なのは,知識や情報以上に,人類が集団として生き延びるための総合的な知恵です.これが新しい時代のリベラルアーツです.それは,脳が周囲の環境を総合的に認識するように,対象を全体的包括的にとらえるための教養であり,生きる力そのものです.リベラルアーツとは,世の中を動かすための必須の知恵,すなわち,共同体への責任を担った自由人の政治的素養なのです.

「科学コミュニケーション」について手軽に勉強しようと思って本書を手にしたのだが,その目論見は敗れた.もっとずっと深い内容が書かれていた.大学で工学・情報学系の研究に携わるものとして,どのように社会と繋がっていくかを今一度考えてみたい.

科学コミュニケーションに興味がある人はもちろん,そうではない人にも,お勧めできる本だ.

目次

  • 第1章 科学コミュニケーションとは何か -情報伝達と共感・共有の違い
  • 第2章 物理学が難しい理由 -人間の脳と思考の傾向
  • 第3章 アダムとイブの子孫としての私たち -進化による考え方の形成
  • 第4章 理と神秘の間に揺れてきた歴史 -科学という強力な道具
  • 第5章 科学への向き合い方 -文と理の分裂の地域差
  • 第6章 第三の方法へ向けて -共感・共有のための可能性
  • 第7章 バベルの塔 -人間と科学の責任
12月 022012
 

本の話をする前に,博士課程進学という決断について自分自身を振り返って,まとめておきます.

私自身の場合,もう20年近くも前のことになりますが,修士課程在学中に博士後期課程に進学する決断を下したのは,「この研究室で,このスタッフの下で,あと3年間頑張って勉強や研究をして実力をつけたら,後は自分で何とかなる」と判断したからです.もちろん,友人も含めて,ほとんどの学生は誰でも名前を知っているような大企業に就職していくわけで,給料が貰える彼らと比べれば,給料がないばかりか入学金や授業料すら支払わなければならない進学者は全く経済的に不利なわけです.それでも,どこで何をしないといけないかわからない就職よりも,進学の方がローリスクハイリターンだと判断したわけです.この「リターン」は経済的報酬のみを意味していませんが,長期的に見れば,生涯収入は自分の実力に依存するのだから,経済的にも問題ないと考えていました.甘かったのかもしれませんが,それだけ,レベルの高い研究室スタッフを信頼していたということです.

結局,修士課程を修了した直後に助手として採用していただいたので,博士後期課程の入学試験合格後に辞退届を提出して,進学はしませんでしたが.

大学院修士課程に進学するとき,希望通りの研究室に配属されました.そのときには,博士後期課程進学も含めて,大学に残るつもりは全くありませんでした.親に経済的な負担をかけたくなく,他の学生と同様に,サッサと給料が欲しかったからです.加えて,大学入学以降,京大も全く大したことがないと舐めきっていたこともありました.

そんな私が改心したのは,4回生で研究室に配属され,世の中には凄い人がいるものだと驚嘆してからです.なお,当時は学部と大学院で研究室を変えなければならないという規則がありました.既にこの規則はなくなりましたが,様々な研究分野を経験するという観点から,素晴らしい規則であったと思います.大学院進学後は,上述の通り,研究室のスタッフに非常に良く面倒を見てもらい,この人達に指導してもらえるなら,博士後期課程に進学する価値があると考えたわけです.それが,修士1年の終わりのことでした.

ここで,当時の教授に,どれほど親身に面倒をみていただいたかという話をしておきます.

それまで遊び呆けていた私でしたが,修士2年になるとすぐに,直接指導していただいていた助手の先生が海外の大学に9ヶ月ほど滞在されることになり,「じゃ,後はよろしく!」とだけ言い残して,去って行かれました.そのときから,研究グループを1つ任されることになりました.正直,「いやいや,指導してくれるんじゃなかったんですか!?」と驚きましたが,このときから,教授の指導下で研究を本格的に始めることになりました.

その後しばらくして,教授と他大学の先生と私の3者ゼミが始まりました.マンツーマンどころか,2人の大先生が学生1人のために家庭教師をやってくれているようなものです.その他大学の先生は教授の友人でもあり,物凄く優秀な先生でした.このときから10年以上にわたって,研究で大変お世話になることになりました.私の恩師の1人です.

さて,修士2年の夏,数ヶ月にわたって毎週土曜日に開催されたゼミで私に与えられた課題は,毎週論文1報を手渡されて,1)全文日本語訳する,2)式変形も含めて内容を完全に把握する,3)すべての計算(数値例やケーススタディなど)を追試する,4)ゼミで検討した内容を発表する,といったものでした.繰り返しますが,博士後期課程に進学すると言っているのに,それまで遊び呆けていたので蓄積はほぼゼロでした.このため,論文を読み始めても理解できないことだらけです.そこで,理解できない内容について調べるために専門書を漁りました.ところが,基礎学力がないため,専門書の内容が理解できません.そこで,数学を中心に基礎的な教科書を読みまくりました.すぐに研究室の机は,右に専門書の山,左に数学書の山で埋め尽くされました.土曜日のゼミ終了後から,土曜日のゼミ開始前まで,その2つの山に挟まれながら,死に物狂いで勉強しました.その時期は私が日本一勉強したと思っています.そのおかげで,勉強の仕方が身に付きましたし,その頃勉強した内容が現在の研究の基盤になっています.

そんな濃密なゼミを実施してもらっていた修士2年の夏(博士後期課程入学試験前)のある日,教授室に呼び出されました.教授の「○○先生(留学中の助手の先生)は他大学に移られるので戻ってこられない」という話に「???」となっている私に対して,教授は「助手になる気あるか?」と尋ねられ,「はい」と私は答えました.それだけのことで,実にアッサリと劇的に大学教員として研究の道で生きることが決まりました.

当然,論文0報どころか,国際会議に行ったこともなく,国内の学会発表ですら1回やったかやっていないかという状態です.そのような状態でよくもまあ助手(当時は誰でも任期なし)のポストを1つ埋める決心ができたものだと今でも感心します.それから(修士課程を修了してから)5年をかけて論文博士制度を利用して博士(工学)の学位を取得しました.

学位取得後すぐに,ボスが留学に行けと言ってくれたため,文科省の在外研究と学内の派遣制度に応募しましたが,いずれも不採択でした.そんな私に対して教授は「海外留学は若いうちに行かないと意味がない.必要なだけ研究室のお金を使っていいから,すぐに行け.300万円で足りるか?」と檄を飛ばし,私が「はい」と答えると,それだけで留学することが決まりました.実際に援助していただいた金額は覚えていませんが,米国オハイオ州で10ヶ月間,リッチな海外勤務企業人に紛れて貧乏大学人生活を送りつつ,貴重な経験をさせていただきました.当然ながら,助手である私が不在の間,教育や事務の負担を教授と助教授で分担して下さっていたわけです.何も文句を言わずに快く送り出すどころか,研究室の軍資金まで費やしたという教授の話は他に聞いたことがありません.

このような経緯で今の研究者・教育者としての私があるので,その教授には本当に感謝しています.このため,学生には,「縁を大切にしろ」,「最高の研究室を探せ」と繰り返して言うわけです.たとえ伝わらなさそうであったとしても.

心の底から,学生には良い教員に巡り会って欲しいと思っています.それに尽きます.そして,どのような教員が良いかは学生によって異なると思いますが,学生には,良縁・勝縁を手繰り寄せられる人物になる努力を怠らないで欲しいと思っています.

このような背景があって,学生に読むことを勧めているのが,安岡正篤氏の「青年の大成―青年は是の如く」です.

青年の大成―青年は是の如く
安岡正篤,致知出版社,2002

本書は,如何に生きるべきかということを,多くの実例を交えながら,わかりやすく説いています.きっと,心に響くことが見付かるでしょう.もちろん,何が心に響くかは,人によって,読むときによって,それぞれ異なるに違いありません.「一燈照隅・萬燈遍照: 足下を見つめ直す」にも書いた通り,私も大いに学ぶことがありました.

本書では,人間にとって最も大切なのは「徳」であり,徳性を身に付けるために修練しなければならないと説かれています.

大体,人間内容には,本質的要素と属性と二つある.つまり,本質と属性とに分けることができる.

我々の才智・芸能というものは,もともと属性である.どんなに立派であっても,どんなに有効であっても,要するに付属的性質のもので,決して本質ということができない.

人間たることにおいて,何が最も大切であるか.これを無くしたら人間ではなくなる,というものは何か.これはやっぱり徳だ,徳性だ.徳性さえあれば,才智・芸能はいらない.否,いらないのじゃない,徳性があれば,それらしき才智・芸能は必ずできる.

では,人間として自己を錬成するために必要なものは何か.それは3つあるといいます.寸暇を惜しむこと,私淑する師と良い友人を持つこと,そして,愛読書を持つことです.

第一に,寸陰を惜しむということです.

その次に心得べきことは,やはり「良き師・良き友」を持つということであります.

平生からおよそ善い物・善い人・真理・善い教・善い書物,何でも善いもの・勝れているもの・尊いものには,できるだけ縁を結んでおくことです.これを勝縁といい,善縁といいます.

良い師友と同時に,人間はどうしても愛読書がなければならない.座右に愛読書を置いておきたいものです.

なるべく精神的価値の高い,人間的真理を豊かに持っておるような書がよい.

ということは,たえず心にわが理想像を持つ,私淑する人物を持つ,生きた哲学を抱くということであります.これは,我々が人間として生きてゆく上に最も大切なことです.

現代人の一般的缺陥(けっかん)は,あまりに雑書を読み,雑学になって,愛読書,座右の書,私淑する人を持たない.一様に雑駁・横着になっている.自由だ,民主だということを誤解して,己をもって足れりとして,人に心から学ぼうとしない.これは大成するのに,最も禁物であります.

この他にも本書では様々なことが述べられています.日本の教育の失敗についても厳しく指摘がなされていますが,その中から,次の文章を引用しておきます.世間体の良い大学に通う学生には,肝に銘じて欲しいからです.

大学を出た人は偉いというように理解されまして,なるほど大学を出た者は頭も良く才気もありますが,人間の本質的な修行をしていない秀才という人々が沢山卒業しまして,そういう人々が指導者となって,近代の組織を動かしましたからその支配制度は,諸事にわたってまことにスマートで器用でありますが,人間として最も大切なことをとり残しております.これは日本の深刻な教育の失敗であります.

先に紹介した「人を動かす」(デール・カーネギー)などと比べると,かなり癖のある本なので,好き嫌いはあると思います.

後日談

さて,私の恩師であるその教授が停年退官されてもう随分になります.なにしろ,私が教授になるくらいですから.京都大学教授ともなると,定年退官後は私立大学などの教授として再就職される方も多いのですが,恩師は,

「事業の進歩発展に最も害するものは,青年の過失ではなくして,老人の跋扈である」 (伊庭貞剛)

という,第二代住友総理事を務めた伊庭貞剛の言葉を引用して,研究・学会活動などからは一切身を引くと宣言し,実際にそうされています.あまりにも鮮やかな身の引き方には,卒業生にも驚く人が多いです.国益という観点から,それが良いかどうかという議論は脇に置くとして,そんな身の処し方もあるのだと感心させられます.一般に,自分自身も含めて大学の研究者というのは非常に功名心が旺盛なものだと思うのですが,恩師は世俗的な名誉に執着する様子もありませんでした.退官前,そんな恩師が

「省りみて 栄華の日々を 持たざりし 我が人生を 自画自賛する」 (岡本文弥)

という境地までは達することができないと仰っていました.結局,受賞とか受勲とか,そんなものに意義を見い出すのではなく,人として如何に生きるべきかという問いに自分の人生をかけて自分なりの答えを出す,ということなのでしょう.そんな思いは,

「人を取り除けてなおあとに価値のあるものは,作品を取り除けてなおあとに価値のある人間によって創られるような気がする」 (辻まこと)

を格言とするところに見て取れます.また,印象に残っている言葉として,

Ultimately, we’re all dead men. Sadly we can not choose how. But we can decide how we meet that end in order that we are remembered as men. (Proximo, “Gladiator”)

を挙げられるていたことからも察することができます.

いま,私がこうして大学で教育や研究に携われているのは,偏に恩師のおかげです.遊び呆けて頭の使い方すら忘れていた学生に,教授みずから,論文の読み方,レポートの書き方,論文の書き方,学会発表の仕方を教えて,学生を正気に返らせるだけにとどまらず,研究者への扉を開き,その論文すべてをチェックし,数多くの国際会議に参加させ,一流の研究者と出会う機会を与え,さらには海外留学までも経験させていただきました.

時々,このことを思い出しては憂鬱になります.今の私はその期待に応えられているだろうかと.

進路に迷う

不思議の国で,アリスとチェシャ猫がこんな会話をしています.覚えていますか.

アリス「どちらに行ったらよいか教えていただけませんか」

チェシャ猫「おまえがどこへ行きたいかによるね」

アリス「どこだってかまわないんですけど」

チェシャ猫「それなら,どっちに行ってもいいさ」

アリス「どこかに着きさえすれば」

チェシャ猫「そりゃ,きっと着くさ.着くまで歩けばね」

幸運と健闘を祈ります.

11月 292012
 

飯吉先生の公開授業に参加した.当該講義は全学共通科目「オープンエデュケーションの世界」で,英語で実施されている.受講生の1/3程度が留学生だったように思う.本日の講義では,30分程度のイントロダクションの後,courseraやedXをレビューした結果を学生が英語で発表し,先生が全体をまとめ,その後さらにグループ討議が行われた.グループ討議のテーマは,「MOOCが普及すると,学生にとって何が重要になり,何が重要でなくなるか」というもの.MOOCとは”Massive Open Online Course”の略で,ウェブ上で無料で参加できる大規模講義を指す.主にアメリカの大学で運営されており,ビデオ講義を受けるだけでなく,試験を受けることもできる.

講義の冒頭で紹介されたのは,”What is 21st century education?”というビデオ.わずか2分間ではあるが,21世紀に起こる変化がどれほどダイナミックなものかを示し,それを踏まえて,教育はいかにあるべきか,教師には何が求められるか,を示している.

まとめでは,オープンエデュケーションに取り組んでいる大学のコメントが紹介された.MITの学長とプリンストンの副学長のものだったと記憶しているが,いずれも,オープンエデュケーションで提供している講義は,キャンパスでの講義とは全く別物だと指摘している.つまり,MITの講義をウェブで見たからと言って,MITで講義を受けたようにはいかないし,プリンストンの講義をウェブで見たからと言って,プリンストンで講義を受けたようにはいかないということだ.何が違うのか.それはインタラクションだという.そういう意味では,教員と学生の間で,学生と学生の間で,刺激を与え合うことを促せないようであれば,生の講義には大した意味はないということになるだろう.

オープンエデュケーションの講義を聴きながら,以下のようなことを考えた.

ウェブ上で無料で世界トップクラスの講義を受けられるのは大変素晴らしいことだ.しかし,「誰しも自分以上のものの見方はできない」とショーペンハウエルが言い「しょせん,人間は自分が学べることしか学ばない」とゲーテがメフィストフェレスに言わせたことを思うと,学習者が興味を持つことだけを学習するのでは不十分であり,学習者には見えていない「高み」を見せてくれる何かが必要だろう.そこに,教員の存在意義があるように思う.

さらに,ある分野の勉強をしようと思うのであれば,その学問分野の俯瞰図が必要になる.何か高度な知識を得ようとする場合に,そのために必要な知識は何かということを知っておく必要がある.勉強してみたい,興味のあるテーマがあるときに,そのテーマ名で検索して,講義資料に行き着いたからといって,それで勉強できるわけではない.しかし,この点については,技術で何とでもできるだろう.

オープンエデュケーション

  • coursera
    We are a social entrepreneurship company that partners with the top universities in the world to offer courses online for anyone to take, for free. We envision a future where the top universities are educating not only thousands of students, but millions. Our technology enables the best professors to teach tens or hundreds of thousands of students. Through this, we hope to give everyone access to the world-class education that has so far been available only to a select few. We want to empower people with education that will improve their lives, the lives of their families, and the communities they live in.
  • edX
    EdX is a not-for-profit enterprise of its founding partners Harvard University and the Massachusetts Institute of Technology that features learning designed specifically for interactive study via the web. Based on a long history of collaboration and their shared educational missions, the founders are creating a new online-learning experience with online courses that reflect their disciplinary breadth. Along with offering online courses, the institutions will use edX to research how students learn and how technology can transform learning–both on-campus and worldwide. Anant Agarwal, former Director of MIT’s Computer Science and Artificial Intelligence Laboratory, serves as the first president of edX. EdX’s goals combine the desire to reach out to students of all ages, means, and nations, and to deliver these teachings from a faculty who reflect the diversity of its audience. EdX is based in Cambridge, Massachusetts and is governed by MIT and Harvard.
  • Khan Academy
    The Khan Academy is an organization on a mission. We’re a not-for-profit with the goal of changing education for the better by providing a free world-class education for anyone anywhere. All of the site’s resources are available to anyone. It doesn’t matter if you are a student, teacher, home-schooler, principal, adult returning to the classroom after 20 years, or a friendly alien just trying to get a leg up in earthly biology. The Khan Academy’s materials and resources are available to you completely free of charge.
  • iTunes U
    Now it’s easier than ever to unleash the full potential of iPad in your classroom by creating your own courses for iPad. You get to share your ideas in a powerful new way, and your students get a rich, immersive learning experience using the iTunes U app for iPad. iTunes U is available no matter where you teach — at any college, university, or K-12 school.

日本での取り組みとして,JOCW(日本オープンコースウェア・コンソーシアム)を紹介する.リンク先に飛んでもらえれば一目瞭然だが,海外サイトと比べて,猛烈に見劣りする...

最後に,これは明らかだと思うのだが,英語ができないというのは致命的だ.

11月 292012
 

Daphne BavelierによるTED Talk “Your brain on video games” の紹介.

ビデオゲーム(テレビゲーム)を子供にさせてはいけないと考えている人は多いような気がするが,もしそれが「ゲーム脳」になるからというような理由からなら,考え直した方がいい.なぜなら,日本大学教授の森昭雄氏が提唱した「ゲーム脳」には全く科学的根拠がなく,科学者からは全否定されているからだ.

実は,昔,Nintendo DSの「もっと脳を鍛える大人のDSトレーニング」を監修したことで有名な川島隆太教授の講演を聞く機会があり,そのときに,「ゲーム脳の騒ぎは一体何だったのか」と質問したことがある.「ゲーム脳は全くの嘘」というのが回答だった.

このTED talkで,Daphne Bavelierは,アクションゲームをしている人達は,そうでない人達に比べて,視力や集中力など様々な能力が優れていることを示し,ゲームをすると目が悪くなるとか,頭が悪くなるとか,そういう妄想を一蹴している.さらに,2週間にわたってアクションゲームをした被験者の3次元形状認知力が向上したという実験結果も紹介している.脳科学者も協力して,うまくゲームを造り込めば,ビデオゲームで様々な能力を向上させられる可能性がある.

なお,ご利用は計画的に.

11月 292012
 

話し方入門
デール・カーネギー(Dale Carnegie),創元社,2000

自己啓発関連の素晴らしい書籍として,デール・カーネギーの「人を動かす」を紹介しました.この本は研究室の課題図書にも指定し,学生の必読書としています.同じくデール・カーネギーの名著に「話し方入門」があります.

「話し方入門」には,人前で上手に話すための秘訣が書かれています.もちろん,単なるハウツウではありません.人に伝えたいと切望するものがあること,周到に準備をすること,練習に練習を重ねて自信を持つこと,始め方と終わり方に注意すること,わかりやすく話すこと,そして,美しい言葉を身に付けることなどが挙げられています.人前で話すことの重要性を認識し,上手に話せるようになりたいと願う人にはきっと役立つことでしょう.

以下,その概要をメモしておきます.

第1章 勇気と自信を養う

  1. 強く持続的な願望を持って取り組む.自らを訓練する努力がもらたらす利点を数え上げ,熱意をかきたてる.経済的,社会的,さらに影響力や指導力の強化という点からも,スピーチ能力を向上させることの意味を考える.進歩の速さは願望の深さに比例することを忘れずに.
  2. 準備は怠りなく.話そうとする内容が十分わかっていないと,自信は持てない.
  3. 自信満々に振る舞うこと.勇気が欲しいなら,意志力を総動員して勇敢そうに振る舞うこと.そうすれば,勇気が恐怖心に取って代わるだろう.
  4. 練習を積むこと.これは最も大切なポイントである.恐怖心は自信の欠如が原因であり,自信の欠如は自分の実力を知らないことから来る.そして実力を知らないのは経験不足の結果である.

第2章 自信は周到な準備から

  1. 話し手が本物のメッセージ(話さずにはいられないもの)を持っているとき,そのスピーチは成功したも同然である.
  2. 準備とは,感動もしない文章を書き留めたり,気の利いた文句を丸暗記したりすることではない.本当の準備とは,自分自身の中から何かを堀り出すこと,自分自身の思想を集めて組み立てること,自分自身の信念を大切に育てることだ.
  3. スピーチは自ずから成長すべきものだ.テーマを早めに決め,空き時間にそれについて考えを深めよう.寝ても覚めても温め続けよう.友人とそれについて議論し,それを話題にすることだ.また,テーマについてありとあらゆる質問を自分に問いかけること.そして,頭に浮かんだ考えや実例は何もかもメモし,さらに次の考えを求め続ける.考えやヒント,実例などは,何でもない時にふっと心に浮かぶものだ.
  4. 誰にも頼らず考えを温めた後は,時間が許せば,図書館でテーマについての本を読もう.
  5. 実際に使おうと思うものより,はるかに多くの素材を集めること.余力を蓄えるためには,実際に使用できるよりはるかい多くの知識を仕入れ,情報を十分蓄積することだ.

第3章 有名演説家はどのように準備したか

  1. 1つの話題については,それを取り上げた時にすべてを言い尽くし,また戻ったりすることのないように.
  2. スピーチの構成は例えば以下のようにする.1)事実を述べる,2)それを出発点として議論する,3)行動を呼びかける.1)問題点を挙げる,2)その改善案を示す,3)行動を呼びかける.1)興味をそそる,2)信頼を得る,3)事実を述べる,4)人を行動させる動機に訴える.
  3. テーマについて両面の事実をすべて集め,整理し,検討し,咀嚼すべきである.それらが事実であることを証明し,そこから必然的に導き出される結論を自分の頭で考え出すこと.リンカーンはユークリッドの数理論を研究し,詭弁を見破る目,結論を立証する力を身に付けたのである.
  4. スピーチを録音し,それを聞いてみると良い.
  5. メモはスピーチに対する聞き手の興味を半減させる.阻害すると言っても良い.
  6. スピーチをよく考え組み立てたら,身振りを交え,その気になって,暗唱を繰り返そう.そこに聴衆がいると思って.この練習をすればするほど,いざ本番というときに余裕が出てくる.

第4章 記憶力を増進する

  1. 記憶の自然法則とは,印象,反復,連想,の3つである.

第5章 スピーチの成功に欠かせないもの

  1. 学習には停滞期がある.学習曲線の平坦部といわれるものだ.ねばり強く練習を続けるなら,いつの日か,飛行機のようにそこを飛び立ち,一夜にして長足の進歩を遂げることができる.
  2. スピーチの学習で成功を収めてきた人々には,根気と不屈の決意があった.
  3. スピーチに上達した自分の姿を思い浮かべること.そうすれば,そこに到達するために必要なことに取り組んでいくだろう.

第6章 上手な話し方の秘訣

  1. 傾聴に値する話には,単なる言葉以上の何かがある.それは話と共に伝わってくる味わいといったものだ.大切なのは何を話すかではなく,むしろどう話すかということだ.
  2. 聞き手を無視し,独り言を言っているように見える話し手が大勢いる.聴衆と話し手の間に通い合うものがなければ,意思の疎通が行われているとは言えない.
  3. 良いスピーチは日常会話の音声と率直さを拡大したものだ.普通の個人に話すのと同じように話すのだ.
  4. 誰にもスピーチの能力はある.うまくなるためには練習が必要だ.人の真似をしてはいけない.自然な話し方をすれば,あなたはこの世の誰とも違う独特の話し方をすることになる.自分の個性,自分独自の手法をスピーチに盛り込もう.
  5. 聞き手がすぐにも立ち上がってあなたに言い返してくることを予期しているかのように聴衆に話しかけよう.もしも聴衆が立ち上がって質問するとしたら,あなたのスピーチはきっと見違えるように良くなるだろう.だから,誰かがあなたに質問して,あなたはその質問を復唱していると想像しよう,こうすれば,言葉遣いの堅苦しさは打ち破られ,話し方に暖かみと人間らしさが生まれる.
  6. スピーチに全霊を打ち込もう.心からの誠意はキリスト教界のどんな宗規よりも助けになる.
  7. 次の4つを実践する.1)重要な語を強調する.2)声の調子に抑揚をつける.3)強調したい語はゆっくりと話す.4)重要な語句を言う前と後に間をおく.

第7章 話し手の態度と人柄

  1. ビジネスにおける成功には,高度な知識よりも人柄が大きく関係しているようだ.これはスピーチにも当てはまる.
  2. 疲れた状態で話をしてはいけない.休息して元気を回復し,エネルギーを蓄えておこう.
  3. 話をする前は,食事を控えめに.
  4. エネルギーを鈍化させるようなことは避ける.エネルギーは人を引きつける力だ.人はエネルギッシュな話し手の周りに集まるものだ.
  5. 身なりはきちんと魅力的に.良い服装をしているという意識は自尊心を高め,自信を増す.
  6. 笑顔.ここにいるのが嬉しくてたまらないと言いたげな態度で聴衆の前に出よう.好きになれば好かれる.我々が聴衆に興味を持てば,聴衆も我々に興味を持ってくれるものだ.だから,我々の態度は必ず暖かい反応を誘い出すようなものでなくてはならない.
  7. 聴衆を一カ所にかためる.どんな集団でも,散らばって座っていてはなかなか心を動かさない.
  8. 少人数の人を相手に話す時は,その人達を小さな部屋に詰め込む.自分は壇に上がってはいけない.聴衆と同じ高さに立とう.形式に囚われず,親しみを込め,会話口調で話そう.
  9. 部屋の中の空気を新鮮に保とう.
  10. 壇上を思い切り明るくしよう.自分の表情が聴衆からよく見えるように,明かりがまっすぐ自分の顔に当たるように立とう.
  11. 物の陰に立ってはいけない.テーブルやイスは片側に寄せよう.聴衆の気を散らすものや,壇上によく見掛けるがらくたなどは取り除こう.
  12. 壇上にいる来賓は必ずと言っていいほど,よく身動きするものだ.また,来賓がわずかでも動くと,そのたびに聞き手は必ずそちらに気を取られる.聴衆というものは,物,動物,人間を問わず,動いているものは見ないではいられないのだ.だから,自分から面倒の種をまいて,わざわざ競争相手を作り出すようなことは止めよう.

第8章 スピーチの始め方

  1. スピーチは出だしが難しい.また,非常に重要でもある.なぜなら,初めのうちは聞き手の頭も冴えていて,比較的印象を受けやすいからだ.成り行きに任せるのは危険.前もって周到に準備しておくべきだ.
  2. 前置きは短いに限る.センテンス1つか2つで十分.全く省略しても構わない.できるだけ少ない言葉でテーマの核心に突入するのが良い.
  3. 初心者は初めにユーモラスな話をしようとしてみたり,お詫びの言葉を述べたりしがちだが,どちらも普通は感心しない.ユーモラスな話で成功する人は希である.何か話すとしても,意味もなくダラダラと話すのではなく,本題に関連した話をしよう.
  4. 聴衆の注意を即座に引きつけるには,1)好奇心を起こさせる.2)人間味溢れる話をする.3)具体例を挙げる.4)何か品物を使う.5)何か質問をする.6)何か印象的な言葉を引用する.7)その話題が聴衆の重大な関心事に影響があることを示す.8)ショッキングな事実についての話から始める.
  5. 形式張りすぎる始め方は良くない.堅苦しい話を避け,気楽で,さりげない,自然な印象を与えるようにする.そのためには,いま起こったばかりの出来事や聞いたばかりの話を取り上げると良い.

第9章 スピーチの終わり方

  1. スピーチの終わりは最も工夫を要する部分である.最後に言ったことが一番長く聞き手の記憶に残る可能性があるからだ.
  2. 前もって終わり方を周到に計画しておこう.予行演習をしよう.どのように終わるか,一語一語確かめるつもりで.すっきりと話終わろう.
  3. 終わり方の例.1)話の要点をまとめたり,繰り返したり,手短に概略を述べたりする.2)行動を起こしてくれるよう訴える.3)聴衆を心から誉める.4)笑わせる.5)話の内容に相応しい詩句を引用する.6)聖書から引用する.7)クライマックスへと話を盛り上げていく.
  4. 上手な始め方と終わり方を考え,しっかりとまとめておこう.常に,聴衆がもうそろそろ終わって欲しいと考える前に終わろう.

第10章 わかりやすく話すには

  1. わかりやすく話すことは非常に大切であり,また,非常に難しい場合が多い.
  2. キリストは,聞き手が知らないことを知っている物事にたとえることによって,説教をわかりやすくした.アラスカの大きさを聞き手にわからせたいなら,その面積を数字で示さないこと.その中に米国のこれこれの州がすっぽりと入るというように話す.人口がどのくらいかを示すなら,今自分が講演している町の人口と比較する.
  3. 素人を相手に話すときは,専門用語を避ける.リンカーンを見習って,どんな子供にも理解できるような平易な言葉で話すようにする.
  4. 自分の話したいことが頭の中で真昼の太陽のように明確になっているかどうかを,まず確かめる.
  5. 視覚に訴える.実物や写真を見せたり,できれば図解したりする.具体的に言うこと.
  6. 大事なことは繰り返す.ただし,同じ言葉をそのまま繰り返してはいけない.言い回しに変化を加え,話の内容だけを繰り返して,聞き手にそれと気付かれないようにする.
  7. 抽象的な話は,後から一般例を示してわかりやすくする.さらに具体例も挙げれば一層良い.
  8. 一度に多くのことに触れようとしてはいけない.
  9. 最後に,自分が話したことの要点を短くまとめる.

第11章 聴衆に興味を起こさせる方法

  1. 私たちは平凡な事柄についての非凡な事実に興味を抱く.
  2. 私たちの主な関心事は自分自身だ.
  3. 人に自分自身のことや興味のあることについて話をさせて,熱心に耳を傾けてあげる人は,自分でほとんど何も話をしなくても,一般に話し上手とみなされる.
  4. 美化されたうわさ話,誰かについてのちょっとしたいい話は大抵いつも成功し,人を引きつける.人間味溢れる実例を示すのがよい.
  5. 具体的に,また明確に話す.
  6. 目の前に絵を浮かび上がらせるような語句,つまり眼前にイメージが彷彿とするような言葉をスピーチの前にちりばめること.
  7. 興味は伝染する.伝染病と同じで,もし話し手が具合の悪い状態にあると,その具合の悪さはたちまち聴衆にうつってしまう.

第12章 言葉使いを改善する

  1. 紳士淑女の教養として,これだけは是非とも身に付けていただきたいと常々考えている知的財産とでも言うべきものが1つあります.それは,母国語を正確に美しく使いこなす能力です.
  2. どんな人と付き合うかによって,あなたの言葉遣いは大きく違ってくる.だから,優れた文学作品に親しむようにしよう.新聞を読むことを完全にやめなくても良いから,今の半分の時間で読んでしまおう.こうして節約した時間を不朽の名作を読むことに当てよう.
  3. 本を読むときは辞書を傍らに置いておこう.知らない言葉が出てきたら,辞書に当たってみること.用法を調べるようにすると,その言葉はしっかり記憶される.
  4. たなざらしの使い古した言葉を使わない.意味を正確・的確に伝えよう.ロジェのTreasury of Wordsを座右に置いて,せいぜい活用しよう.
  5. 陳腐なたとえを使わない.新鮮な味を出すように努力しよう.あなた独自のたとえを創り出すのだ.勇気を持って自分の個性を打ち出そう.

目次

  • 第1章 勇気と自信を養う
  • 第2章 自信は周到な準備から
  • 第3章 有名演説家はどのように準備したか
  • 第4章 記憶力を増進する
  • 第5章 スピーチの成功に欠かせないもの
  • 第6章 上手な話し方の秘訣
  • 第7章 話し手の態度と人柄
  • 第8章 スピーチの始め方
  • 第9章 スピーチの終わり方
  • 第10章 わかりやすく話すには
  • 第11章 聴衆に興味を起こさせる方法
  • 第12章 言葉づかいを改善する
11月 272012
 

社会心理学者のAmy CuddyによるTED Talkだが,メッセージはこうだ.

2分間だけでいい.胸を張って,手を広げて,自信に満ちたポーズをしてみよう.そうしたら,実際にそんな自分になれる.人生すら変わる.

実際,彼女の実験によれば,ちょっとの時間,力強いポーズを維持した被験者と弱々しいポーズを維持した被験者にギャンブルをさせると,力強い方が大胆になるそうだ.自信のある堂々とした人物になりたければ,実際に自信があるかどうかはともかく,まず,自信に満ちた姿勢をしろということだ.

このAmy CuddyによるTED Talk “Your body language shapes who you are” の概要は以下の通り.

ボディーランゲージは他人が自分をどのように見るかに影響を与えるだけでなく,我々が自分自身をどのように見るかすら変化させてしまう.社会心理学者のAmy Cuddyは,「力強いポーズ」(たとえ自信がなくても自信に満ちた態度で立つこと)が,脳内のテストステロンとコルチゾールのレベルに影響を与え,さらには成功の機会にも影響を与える可能性があることを示している.

とても興味深い内容だった.

11月 272012
 

人を動かす
デール・カーネギー(Dale Carnegie),創元社,1999

自己啓発に関する書籍で,私が心から素晴らしいと思い,自信を持ってお勧めするのが,このデール・カーネギーの「人を動かす」です.良い人生を送るために,どのように人に接するべきか.人を味方にし,友を増やし,心豊かな人生を送るために,どのように人に接するべきか.この本には,豊富な具体例を添えて,人心掌握の原則が書かれています.学生にも読むように強く勧めている本で,実際,読んだ学生からは圧倒的な支持を得ています.人生を変える一冊になるかもしれません.

例えば,人を動かす三原則には,以下のようなことが書かれています.

人を動かす三原則(抜粋)

  1. 批判も非難もしない.苦情も言わない.
    人を叱りつけるのは愚の骨頂である.他人のあら探しは何の役にも立たない.相手はすぐに防御態勢をしいて,自分を正当化しようとする.さらに,自尊心を傷つけられた相手は反抗心を持つことになり,誠に危険である.他人に恨まれたいのであれば,人を辛辣に批評さえしてさえいればよい.その批評が当たっているほど効果はてきめんだ.人の悪口を言わず,長所をほめる.これが成功の秘訣である.
  2. 率直で誠実な評価を与える.
    人を動かす秘訣は,みずから動きたくなる気持ちを起こさせることである.人間の持つ最も根強い衝動は,重要人物たらんとする欲求である.この欲求を正しく満たしてやることができれば,その人の心を手中に収めることができる.深い思いやりから出る感謝の言葉を振りまきながら日々を過ごす.これが,友を作り,人を動かす秘訣である.
    「私には人の熱意を呼び起こす能力がある.これが,私にとっては何物にも代え難い宝だと思う.他人の長所を伸ばすには,ほめることと,励ますことが何よりの方法だ.上役から叱られることほど向上心を害するものはない.私は決して人を非難しない.人を働かせるには奨励が必要だと信じている.だから,人をほめることは大好きだが,けなすことは大嫌いだ.気に入ったことがあれば,心から賛成し,惜しみなく賛辞を与える.」(チャールズ・シュワッブ)
    「どんな人間でも,何かの点で私よりも優れている.私の学ぶべきものを持っているという点で.」(エマーソン)
  3. 強い欲求を起こさせる.
    人を説得して何かをやらせようと思えば,口を開く前に,まず自分に尋ねてみることだ.「どうすれば,そうしたくなる気持ちを相手に起こさせることができるか」.これをやれば,自分勝手な無駄口を相手に聞かせずに済むはずだ.常に相手の立場に身を置き,相手の立場から物事を考えることを学べば,成功への第一歩が既に踏み出されたことになる.
    「まず相手の心の中に強い欲求を起こさせること.これをやれる人は,万人の支持を得ることに成功し,やれない人は,一人の支持者を得ることにも失敗する.」

本書「人を動かす」の概要を掴んでもらうために,以下,目次を示しておきます.

人に好かれる六原則

  1. 誠実な関心を寄せる.
  2. 笑顔で接する.
  3. 名前は,当人にとって,最も快い,最も大切な響きを持つ言葉であることを忘れない.
  4. 聞き手に回る.
  5. 相手の関心を見抜いて話題にする.
  6. 重要感を与える.誠意を込めて.

人を説得する十二原則

  1. 議論に勝つ唯一の方法として議論を避ける.
  2. 相手の意見に敬意を払い,誤りを指摘しない.
  3. 自分の誤りを直ちに快く認める.
  4. おだやかに話す.
  5. 相手が即座に「イエス」と答える問題を選ぶ.
  6. 相手にしゃべらせる.
  7. 相手に思い付かせる.
  8. 人の身になる.
  9. 相手の考えや希望に対して同情を持つ.
  10. 人の美しい心情に呼びかける.
  11. 演出を考える.
  12. 対抗意識を刺激する.

人を変える九原則

  1. まずほめる.
  2. 遠回しに注意を与える.
  3. まず自分の誤りを話した後,相手に注意する.
  4. 命令をせず,意見を求める.
  5. 顔を立てる.
  6. わずかなことでも惜しみなく心からほめる.
  7. 期待をかける.
  8. 激励して,能力に自信を持たせる.
  9. 喜んで協力させる.

繰り返しますが,本当にお勧めです.昔も今も研究室の課題図書に指定しています.読んでいない人は,とにかく読んでみましょう.

目次

  • 人を動かす三原則
  • 人に好かれる六原則
  • 人を説得する十二原則
  • 人を変える九原則
  • 幸福な家庭を作る七原則
11月 262012
 

空の上で本当にあった心温まる物語
三枝理枝子,あさ出版,2010

ANA元CAで,現在はANAラーニング株式会社の研修事業部講師として一般企業や学校等で接遇力やコミュニケーション能力向上のための人材開発に関する研修を行っているという三枝理枝子さんの本.CA時代の自分自身の体験や,搭乗客から送られてきた手紙に基づいて,「空の上で本当にあった心温まる物語」33篇が紹介されている.それぞれの物語の後には,短い著者のコメントが記されており,著者の接客姿勢の素晴らしさ,ANAのサービスの凄さを感じることができる.

ちなみに,私は国内も海外も基本はANA利用です.

本書で紹介されている物語は実に様々で,悲しくなるものも嬉しくなるものもある.いくつかには泣いてしまう.何も難しく考える必要はなく,ショートストーリーを気楽に読んで,自分なりに何かを感じればそれでいいと思う.

今日は,子供たちを寝かせるときに,この本の中から3つほどの物語を読んで聞かせた.小学校低学年には難しい言葉も多いので,長女は「○○って何?」と尋ねまくっていたが.

「おわりに」には,こんなことが書かれている.

CAの本来の使命は,お客様を笑顔にすることではないか,と私は考えております.
「やっぱりANAに乗ってよかった」
「またこの航空会社を利用したい」
「飛行機に乗るって楽しいな」
そう思っていただけるよう,人の心を動かすことが,私たちのミッションだと.
しかし,機内での出会いで,お客様の表情や言葉掛けで,笑顔にしてもらい,心動かされていたのは私自身でした.

人の心を動かす.
そんなに簡単なことではありません.
人の心を動かす最たるものは何でしょうか.
自然,人,ものとの感動的な出会いではないか,私はそう考えています.
感動することで人は変わるのだと.

感動に溢れる毎日を送っていきたいものだ.

目次

  • Story1. 羽田→福岡便  カーテン越しのバースデー
  • Story2. 松山→羽田便  おばあちゃんの子守唄
  • Story3. 那覇→羽田便  日焼けしたあなたに
  • Story4. 成田→香港便  二つの帽子
  • Story5. 羽田→長崎便  もう一つのプレゼント
  • Story6. 羽田→秋田便  小さなジェントルマン
  • Story7. 仙台→羽田便  ぬるい日本茶
  • Story8. バンコク→成田便 小さな親切
  • Story9. シドニー→成田便  泣かないで
  • Story10. 羽田→小松便  一杯の水
  • 他,全33話
11月 252012
 

本日,11月25日(日),今年小学校一年生になった長女の七五三参りのため,わら天神へ出掛けた.京都の紅葉の見頃もこの三連休で終わりかなと思うが,昨日までとはうってかわり,本日は今季一番の見事な秋晴れに恵まれた.まさに雲一つない,透明感のある快晴.

秋晴のわら天神宮
秋晴のわら天神宮

わら天神宮は安産のご利益で非常に有名で,いつも妊婦さんや乳児を連れた家族がお参りに訪れている.我が家は,ここが氏神になるので,安産のみならず,初詣も含めて,ここにお参りしている.

ちなみに,誰もが「わら天神」と呼ぶこの神社の正式名称は「敷地神社」だ.わら天神という通称が有名なのは,ここの安産御守の本体が稲藁で,そのわらに節があれば男児,節がなければ女児が生まれるという占いによる.わら天神の祭神である木花開耶姫命(コノハナサクヤヒメノミコト)は,古事記や日本書記にも登場する日本神話中の女神である.天孫降臨のエピソードに登場し,木花開耶姫命は神武天皇の曾祖母にあたる.

水色の着物で七五三参りした長女
水色の着物で七五三参りした長女

朝から北山の写真館に行って,長女の着付けをしてもらい,写真も撮影してもらい,それから,わら天神に向かった.現地で祖父母4名と合流し,七才参りをした.七才参りというのは,「帯解(おびとき)」といって,女の子が7歳で帯を締める着物にかえるという習わしから始まったとされる.

七五三参りのあと,ジジババと一緒に「糸源」で昼食をいただいた.2階の個室を用意していただき,それぞれが好きなものを注文した.長男と長女は揃って,お子様ずし(オモチャ付)1500円を頼んでいた.

無事に七才参りを終え,長男長女の2人がここまで健やかに成長してくれたこと,祖父母4人も揃って皆で成長を祝うことができたことに,心より感謝した.ごく普通の行事ではあるが,普通のことを普通に行えることが実に有り難いものだと思う.

夕方,写真館に借りていた髪飾りを返しに行くついでに,北山界隈をサイクリングした.途中,「愛染倉」の前を通ったが,紅葉が物凄く綺麗だった.庭ではちょうど結婚披露パーティをしている様子だったが,秋晴に恵まれ,美しい紅葉の中での披露宴は格別だろう.すぐそばの大田神社の紅葉も見事だった.