1月 212012
 

現在,京都大学大学院工学研究科化学工学専攻にて,「プロセスデータ解析学」という講義を担当しています.この科目は,数年前に,これから企業その他で活躍が期待される学生にはデータ解析の素養が必要であるはずだという想いから,私が提案し,開講を承認してもらったものです.というのも,企業との共同研究を多数手掛ける中で,データ解析手法を正しく使用できる技術者が少ないことに危機感を持ったためです.もちろん,ほとんどの学生はデータ解析の専門家になるわけではありません.それでも,どのような分野に進もうとも,日常的にデータを扱うことになる可能性は高く,道具を正しく使えるようになっておくべきだと思うわけです.

1つ,例を挙げておきましょう.単回帰分析です.最小二乗法を用いてデータから直線を求めるというものです.EXCELを含め,この程度の計算は多くのツールで簡単にできるはずです.ところが,この単回帰分析で求まる直線がどのようなものであるかを全く理解していない人が多いわけです.絶対的な自信がある人を除いて,「回帰分析(最小二乗法)を理解してるか?主成分分析との違いは?」を読んでみて下さい.

この「プロセスデータ解析学」の本年度最後の講義が今週水曜日にありました.また,その講義をもって,化学工学専攻での私の講義はすべて終了しました.プロセスシステム工学研究室以外の学生に何かを述べるのもこれが最後ということで,講義の最後の30分ほどを利用して,学生に伝えておきたいことを述べました.そのとき話した内容を,以下に抜粋してメモしておきます.

最終講義で学生に伝えたメッセージ(抜粋)

まず,研究について,学生に自分の研究が基礎研究と応用研究のいずれと思うかを尋ねてみました.工学研究科の学生達だけあって,応用研究だと答えた学生が多かったです.そして言いました.

「君達は研究を基礎か応用かの二分法で捉えているかもしれない.しかし,基礎研究の対極にある研究は応用研究だろうか.応用研究の反対が基礎研究だろうか.基礎研究ではない研究は非基礎研究,応用研究ではない研究は非応用研究ではないだろうか.」

このような考え方をすると,恐るべきことに,世の中には,非基礎かつ非応用の研究が存在していることがわかります.そんな研究にだけは手を出してはいけないはずですが,自分の研究がそうではないと自信を持って言えますか?

この「基礎研究と応用研究」については,「計測自動制御学会 制御部門 パイオニア技術賞」に詳しく書いていますので,興味のある方はそちらを参照して下さい.

非基礎&非応用研究には手を出さない
非基礎&非応用研究には手を出さない

学生の多くは技術者としての道を歩むわけですが,その「技術者」について,トヨタ生産方式を確立した大野耐一氏が著書で次のように述べています.私自身も戒めとしている言葉です.

英語の辞書でエンジニア「engineer」を引くと,ご承知のように「技術者」という訳がでている.この訳語の中にある「術」という字だが,この字をよく見ると,「行」の間に「求」がはいっている.「行動」が要求されているのが「術」なのではあるまいか.

(中略)

「技術」も(剣術と)同様に,行動が要求される.実際にやるに限るのである.「述」もジュツと読む.最近は「技術者」ならぬ「技述者」のほうが多いのではないか.気になることである.

将来のことを考えると,日本の技術者というのは,なかなか難しい立場に置かれているように思います.中国やインドを含め新興国の技術者がレベルアップし,日本の技術者と対等に渡り合えるようになると,現在のような賃金格差を維持することは当然ながら難しくなるでしょう.日本国外でできる仕事はどんどん日本国外でするようになるでしょう.そのような状況を踏まえて,トーマス・フリードマンは「フラット化する世界」において,次のように述べています.

フラットな世界には,適切な知識と技倆と発想と努力する気持ちがあれば,ものにできるいい仕事が山ほどある.ただ,はっきりいって,このやりがいのある仕事は楽ではない.いまのアメリカの若者は,中国やインドやブラジルの若者と競争することになるのを,肝に銘じたほうがいいだろう.

(中略)

フラットな世界にいる彼女たち(著者の娘たち)へのアドバイスは単純明快で味気ない.「いいか,私は子供の頃,よく親に『トム,ご飯をちゃんと食べなさい-中国とインドの人たちは食べるものもないのよ』といわれた.おまえたちへのアドバイスはこうだ.宿題をすませなさい-中国とインドの人たちがおまえたちの仕事を食べようとしているぞ」

アメリカも日本も同じことです.「誰も勉強しろとは言ってくれなかった」とは言わせません.確かに言いましたから.勉強しないのは誰の責任でもなく,自分の責任です.その後始末は自分でするしかありません.大学生にもなったら,それくらいは自覚すべきでしょう.健闘を祈ります.

勉強と言えば,「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」という言葉は聞いたことがあるはずです.そう,福沢諭吉の「学問のすすめ」に出てくる言葉ですね.ところで,その後に何と書かれているかを知っていますか.「学問のすすめ」にはこう書かれています.

人は生まれながらにして貴賤貧富の別なし.ただ学問を勤めて物事をよく知る者は貴人となり富人となり,無学なる者は貧人となり下人となるなり.

わかりますね.福沢諭吉は平等の大切さなんて一切説いていません.平等に扱われるべきだなどと少しも言っていません.彼が主張しているのは「勉強しない奴が悪い」ということ,ただそれだけです.

もう1つ,よく誤解されている名言を見ておきましょう.クラーク博士の“Boys be ambitious.”です.知らない人はいないでしょう.ところで,この続きを知っていますか.クラーク博士はこう言ったのです.

Boys be ambitious. Be ambitious not for money, or selfish aggrandizement, not for that evanescent thing which men call fame. Be ambitious for that attainment of all that a man ought to be.

夢を叶えるための勉強,夢を形づくるための勉強」にも書きましたが,夢を叶えることは素晴らしいことです.しかし,重要なのは,夢を叶えるというときの「夢」が何なのかということです.勉強しないと夢が叶わないということも勉強する理由になりますが,もっと根本的な問題として,勉強しないと「夢」がくだらない欲望になってしまう恐れがあります.だから,叶える価値のある「夢」を掲げ,それを叶えるために,勉強する必要があると思うのです.

ちなみに,工学部の学生は,他学部に比べて,大学での拘束時間は長いですよね.最も勉強させられている学部の1つだと思います.必修科目も多いし,実験も多い.これだけ理系の方が勉強しているのに,なぜか企業社会での理系は文系に馬鹿にされている感があります.なぜでしょうか.それは教養がないからという説があります.哲学も,歴史も,文学も,何も知らないから.そんな奴に重要な意思決定は任せられないということです.

ここで,「化学工学会誌の経営者インタビュー記事」にも書いた,諸君(京大化学工学)の先輩である住友化学副社長の神田氏の言葉を少し引用してみましょう.

立場が上になれば人間そのものが評価されますので,専門的なところは絶対に必要ですが,そこだけで勝負しようとはしない方がいいのではないでしょうか.そういう意味で,本を読んだり,美術作品を鑑賞したり,映画を見たりといったことも決してむだではありません.人間性というのは若いときからの蓄積に左右されますね.若いときからどういう本を読み,何を考えて,どういう人と接してきたかということが積み重なってその人間をつくり上げていくわけです.

一気にたたみかけます.安岡正篤は「青年の大成―青年は是の如く」の中でこう述べています.

現代人の一般的缺陥(けっかん)は,あまりに雑書を読み,雑学になって,愛読書,座右の書,私淑する人を持たない.一様に雑駁・横着になっている.自由だ,民主だということを誤解して,己をもって足れりとして,人に心から学ぼうとしない.これは大成するのに,最も禁物であります.

本を読むべきですね.成毛眞は「本は10冊同時に読め!―生き方に差がつく「超並列」読書術 本を読まない人はサルである!」において,一生奴隷のように会社に尽くしてどうするんだ?,負け組に転落していく人生でいいのか?,庶民と同じことをしていても庶民からは抜け出せない,人と違うことをしろ,本を読んで差を付けろ,と主張しています.この考え方を私は必ずしも是としませんが,そのくらいに読書は大切だというわけです.

実際,京都大学を卒業して無教養なのは恥だと思います.京大卒業生本人が自分自身を特別視していなくても,世間は「京大卒のくせに」という目で見るでしょう.京都大学を卒業するからには,それは覚悟しておく必要があります.まずは,世界的な古典・良書を10冊だけでも読みましょう.プロセスシステム工学研究室では課題図書を用意し,学生は年50冊読むことを目標としています.ちなみに,吉田松陰は年500冊を読んだそうです.吉田松陰が松下村塾の門下生にあてて記した遺書である「留魂録」なども読んでおくといいと思います.彼は30歳で刑死したわけですが,その年齢までにあと何年ありますか.私は既に10年以上オーバーしてしまっていますが...

もちろん,私の話を聞いて,共感できることもあれば,共感できないこともあると思います.生き方や考え方は人それぞれですから,私の考え方を押し付けるつもりもありません.それでも,なお,次のような言葉を紹介しておきます.

ショーペンハウアーは「幸福について―人生論」において,こう述べています.

誰しも自分以上のものの見方はできない.

同様に,ゲーテは「ファウスト」の中で,悪魔メフィストフェレスにこう語らせています.

しょせん,人間は,自分が学べることしか学ばない.

いずれも全くその通りだと思えます.

最後に,私の座右の銘を紹介しておきます.マルクス・アウレリウス・アントニヌスの「自省録」にある言葉です.

名誉を愛する者は自分の幸福は他人の中にあると思い,享楽を愛する者は自分の感情の中にあると思うが,もののわかった人間は自分の行動の中にあると思うのである.

とまあ,このようなことを最後の講義の最後の30分くらいで話してみたのでした.ともかく,学生にはハッピーな人生を送って欲しいと切に願います.お世話になりました.

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