11月 202012
 

天地にかなう人間の生き方―経世の書「呂氏春秋」を読む
安岡正篤,致知出版社,1997

秦の始皇帝の宰相であった呂不韋が数千人の食客を動員して作らせた「呂覧」と呼ばれる古典がある.「呂氏春秋」とも呼ばれている.秦代までの思想の集大成(百科事典)とされているが,最初から最後まで全部を読むのは大変そうなので,その解説書を読んでみることにした.選んだのが,安岡正篤氏による「天地にかなう人間の生き方―経世の書「呂氏春秋」を読む」.本書は,安岡正篤氏による5回の講座をまとめたものである.

気になった部分をメモしておく.

第1講 私欲を去り,公に尽くす

まず,人が公であるということについて.

「管仲(かんちゅう)病有り.桓公(かんこう)往きて之に問いて曰く,仲父(ちゅうほ)の病,漬(や)むこと甚だし.国人不諱(こくじんふい)ならば寡人(かじん)は誰にか国を属(しょく)せん.管仲敬(つつし)み諾して曰く,公誰をか相とせんと欲する.公曰く,鮑叔牙(ほうしゅくが)可ならんか.管仲対(こた)へて曰く,不可.夷吾(いご),鮑叔牙と善し.鮑叔牙の人と為りは清廉潔直にして,己に若(し)かざる者を視れば人に比せず.一たび人の過(あやまち)を聞けば終身忘れず。已(や)むことなくば隰朋(しゅうほう)其れ可ならんか」

これは,桓公が大病を患った管仲を見舞いに行き,管仲の後を継ぐ宰相を誰にすればよいかと尋ねたところ,「鮑叔牙でよいのではないか」という桓公に対して,管仲が「ダメです」と答えたという逸話.ダメな理由について,著者は以下のように解説している.

鮑叔牙の人と為りは清廉で,潔白率直で,自分に及ばぬような人間は問題にしない.一度他人の過を聞けば終身忘れない.これは「我」が強いということです.

立派なことは立派だけれども,立派な我が強い.我というものは,何も悪い我ばかりではありませぬ.立派であろうがなかろうが,我はやはり我であります.狭い,対立的である.どうかすると排他的になる.そこで個人としては立派であるけれども,あるいは何か特別の仕事には適任であるけれども,天下の宰相には向かぬ.

人の上に立つというのは,なんとも難しいものだ.では,隰朋はどうして宰相に適任なのか.

「隰朋(しゅうほう)の人と為りは上志(じょうし)して下求(かきゅう)し,黄帝(こうてい)に如かざるを醜(はじ)として己に若(し)かざる者を哀れむ.其の国に於けるや聞かざるあるなり.其の物に於けるや知らざるあるなり.其の人に於けるや見ざるあるなり.已(や)むこと勿(な)くんば則ち隰朋可なり」

朋の人と為りは理想を高く持って,しかも実行は下に求める.日常の人間関係に,いかにそれを実践するかということであります.上志して衆を無視することはない.如はしくでおよぶという字であります.黄帝に及ばざるを恥とする.支那では,大自然を人格化した理想の帝王を黄帝と言う.しかも隰朋は己れに及ばざる者を哀れむ.この点は鮑叔牙とまったく反対であります.

そして「其の国に於けるや聞かざるあるなり・・・」,聞いても聞かぬ,見ても見ない,知っても知らないことのできる人だ.大勢の人間を支配してゆくには,これでなくてはいかぬ.つまり,公でなければならぬということです.

人の上に立つには,人々を率いて行くには,個人として立派なだけではなく,公でなければならないとされる.

人が公であるとは,どういうことなのか.この点について,「呂氏春秋」には次のような話が記されている.

「平公又祈黄羊に問うて曰く,国に尉無し.其れ誰か之れ為るべき.対へて曰く,午(ご)・可なり.平公曰く,午は子(きみ)の子(こ)に非ずや.対へて曰く,君可なる者を問ふ.臣の子を問ふに非ざるなり.平公曰く,善しと.又遂に之を用ふ.国人善しと称す」

普に国防長官がいないため,平公(へいこう)が祈黄羊(きこうよう)に誰が適任かと尋ねたところ,祈黄羊は午(ご)が適任だと答えた.午は君の子供ではないかと問う平公に,祈黄羊は「誰が適任かと問われたのであり,私の息子かどうかを問われたのではないでしょう」と答えた.

野田首相が衆議院解散を決めたことで,日本も一気に選挙モードになり,議員の世襲はけしからんなどの意見も出ている.世襲議員反対派からすると,要職に自分の息子を推挙するとは何事かという話になるだろう.しかし,この話の前に,次のような話がある.

「晋の平公,祈黄羊に問うて曰く,南陽に令無し,其れ誰か之れ為るべき.対えて曰く,解狐(かいこ),可なり.平公曰く,解狐は子の讎(あだ)に非ずや.対えて曰く,君可なるものを問ふ.臣の讎を問ふに非ざるなり.平公曰く,善し.遂に之を用ふ.国人善しと称す」

普の南陽に長官がいないため,平公が祈黄羊に誰が適任かと尋ねたところ,祈黄羊は解狐(かいこ)が適任だと答えた.解狐は君の政敵ではないかと問う平公に,祈黄羊は「誰が適任かと問われたのであって,私の政敵かどうかを問われたのではないでしょう」と答えた.

後日談として,この話を聞いた孔子が祈黄羊こそ公の人であると誉めたという.

「孔子之を聞いて曰く,善い哉(かな)祈黄羊の論や.外挙・讎を避けず.内挙・子を避けず.祈黄羊は公と謂ふべし」

世襲議員の是非はさておき,政治家がこのようであればと思うのは欲張り過ぎだろうか.

第2講 まず,わが身を治める

身を治めると聞くと,四書の最初に読むべき,儒学の入門書と位置付けられている「大学」の一節を思い出す.

大学の道は,明徳を明らかにするに在り,民を親しましむるに在り,至善に止まるに在り.物格(至:いた)りて后(のち)知至(きわ)まる.知至まりて后意誠(まこと)なり.意誠にして后心正し.心正しくして后身脩(修:おさ)まる.身脩まりて后家斉(ととの)う.家斉いて后国治まる.国治まりて后天下平らかなり.天子より以て庶人に至るまで,壱に是皆身を脩むるを以て本と為す.(中略)此れを本を知ると謂い,此れを知の至まりと謂うなり.

「呂氏春秋」には次のような話が記されている.

「湯(とう)・伊尹(いいん)に問うて曰く,天下を取らんと欲す.若何(いかん).伊尹対(こた)へて曰く,天下を取らんと欲せば,天下は取るべからず.身将に先づ取られんとすと.凡そ事の本(もと)は必ず先ず身を治む.其の大宝(たいほう:天与の身体)を嗇(おし)み,其の新を用い,其の陳を棄つれば,そう理(そうり:肌のきめ・皮膚の呼吸)遂通(すいつう)し,精気日に新に,邪気尽(ことごと)く去り,其の天年を及(お)ふ.此れを之れ真人(しんじん)と謂ふ.昔者(いにしえ)先聖王其の身を成して天下成り,其の身を治めて天下治まる.—– 天下を為(おさ)むる者は天下に於てせずして身に於てす」

湯王というのは昔の聖王で,周の一つ前の殷の国を開いた人であります.その湯王が名宰相の伊尹に問うて言うには,”天下を取ろうと思うが,どうすればよいであろうか”と.伊尹答えて言う,”天下を取ろう,などというような欲望に走ったならば,決して天下は取れるものではない.そればかりでなく,まず自分が犠牲になるであろう”と.

(中略)

昔の聖王と言われるような人は,まず自分自身をつくり上げてから,天下を得た.自分自身を治めてから,天下が治まった.だから天下を治めようとする者は,天下を取ろうなどと考えたら駄目で,まず天下においてせずして,自分自身を治めなければならぬ.

天下について云々する前に,まず自分の身を治めよということだ.ここでも,政治家の資質について考えさせられるが,そんなことを気にする前に,自分自身が身を治めているかと問う必要がある.政治家は国民の鏡,国会は国の縮図だろう.

この第2講では,人物を見るときの鍵となる八観・六験について紹介されている.

「凡そ人を論ずるには,通ずれば其の礼する所を観る.貴ければ其の進むる所を観る.富めば其の養ふ所を観る.聴けば其の行ふ所を観る.止(いた)れば其の好む所を観る.習へば其の言う所を観る.窮すれば其の受けざる所を観る.賤なれば其の為さざる所を観る.之を喜ばしめて以て其の守を験す.之を楽しましめて以て其の癖を験す.之を怒らしめて以て其の節を験す.之を懼(おそ)れしめて以て其の持を験す.之を哀しましめて以て其の人を験す.之を苦しましめて以て其の志を験す」

これ(八観・六験)を吟味し,適用いたしますと,実に無限の味わいがある.

そして,人を論ずるということは,結局自らを論ずることでありますから,これを自分に適用して,自分はどれくらい及第するか,ということを反省してゆけば,自分をつくる上にも良い試練となる.

(中略)

然るべき人間同志が取組まぬことには,いくら妥協しても駄目です.真理というものは永久に変わらぬもので,こういうものこそ,古くして永遠に新しいと言うべきであります.

この八観・六験で自分自身を省みることを忘れずに行っていきたい.

第3講 学び,教え,厳粛になる

ここでは,学の本質について語られている.

「凡そ学は能く益すに非ざるなり.天性を達するなり.能く天の生ずる所を全くして之を貶(へん)することなき,是を善く学ぶと謂ふ」

これが,東洋本来の学というものに対する基本的な,本質的な考え方です.この場合の益は,ただのえきするという意味ではなくて,付け加える,増すという意味であります.

学というものは,何か付け加えるというような方便的,手段的なものでは決してない.そもそも元来持っておる,生まれつき具えておるものを発達させるためのものである.

天の生ずるところ,親の生んでくれたところを全くして,それをおとさない,いい加減なことにしない,というのが善学,善く学ぶと言うのである.

そういう捉え方があるのかと唸らされる.善学.自分が元々持っているものを発達させ,それを十分に活かしていくことを心掛けたい.

教えるということについて,「呂氏春秋」には次のような記述がある.

「善く教ふる者は徒(と)を見ること己の如く,己に反(かえ)りて以て教ふ.教の情を得るなり.人に加ふる所は必ず己に行ふべし.此(かく)の若くなれば師徒,体を同じくす」

「達師(たっし)の教(おしえ)は弟子(ていし)を安んじ,楽しみ,休み,遊び,粛しみ,厳かならしむ.此の六者を学に得れば,邪辟(じゃへき)の道塞がり理義の術(みち)勝つ」

一教員として,噛み締めたい.

第4講 本質と人物を知る

「呂氏春秋」に記されているのは,なにも理想論ばかりではない.そもそも人間というのは・・・という話もある.

「予譲は国士なり.而も猶(なお)人の己に於けるを以て念となす.又況(いわん)や中人に於てをや」

「予譲は国士なり」.その予譲でさえ,自分に対する待遇というものを考えておった.ましてや,その下の中等の人にとっては,なおさらのことである.人間には地位とか,名誉とか,いうようなことを眼中におかない高度な人と,そいうものを気にする相対的な,条件的な人とがある.普通の人間はどうしても地位や名誉を考える.これが人間の常の心である.

だから,世の中に立って事をなさんとする者は,多くの人間の普遍妥当的な心理・実情をよく知って,徳義の高い特別な人間ばかりを考えておってはいかぬのである.

自分が立派な人物になれれば,それはもちろん結構なことではあるけれども,世の中の普通の人達がどのように思い,感じるのかということを意識しておかないと,何かを為すということは難しい.

第5講 乱れ亡びる国を興す

「呂氏春秋」に,国を滅ぼす君主について記されているところがある.

「亡国の主は必ず自ら驕り,必ず自ら智とし,必ず物を軽んず.自ら驕れば士を簡(おろそ)かにし,自ら智とすれば専独し,物を軽んずれば備無し.備無ければ禍を招き,専独なれば位危く,士を簡かにすれば壅塞(ようそく)す.」

だいたい意味はわかると思うが,自分は賢くて偉いなどと驕り,人や物を疎かにするようではいけないと戒めている.そんなことをしていれば,いずれ行き詰まると.さらに,「呂氏春秋」には,呉の滅亡に関する武候と李克の会話も記されている.

「魏の武候の中山に居るや,李克(りこく)に問うて曰く,呉の滅びし所以は何ぞや.李克対(こた)えて曰く,驟(しばしば)戦って驟勝ちたればなり.武候曰く,驟戦って驟勝つは国家の福なり.其の独り以て亡ぶは何の故ぞ.対えて曰く,驟戦へば民罷(つか)れ,驟勝てば主驕る.驕主を以て罷民を使ひ,然して国亡びざる者は天下に少なし」

連戦連勝は国家の福ではないか,それで何故亡びるのかと問う武候に対して,李克は「しばしば戦えば民が疲れ,しばしば勝てば君主が驕る.驕った君主が疲れた民を使って亡びなかった国はほとんどない」と答えている.

この考え方に従えば,ブラック企業でもブラック研究室でも,ブラック組織に将来はないと言える.しかし,「疲れた民が新しい民に置き換えられる」という状況がありそうだ.つまり,いくら疲弊しようが,社員や学生は毎年置き換えられていくので,それで成果が出ているうちは社長や教授はますます驕ると.李克のような人物がいないのが不幸というわけか.

「至治の世には其の民空言虚辞を好まず.淫学流説を好まず.賢不肖各々其の質に反り,其の情を行ひ,其の素をかざらず.蒙厚純樸にして以て其の上に事ふ」

世の中が本当によく治まっておれば,民衆は内容のない空々しい言葉や,嘘の言葉を好まない.淫りがわしいでたらめな学問や,無責任な流言蜚語のような説を好まない.

東日本大震災以降の状態をつい思い浮かべてしまうが,私は日本が好きだし,日本は素晴らしい国だと思っている.自分の子や孫,さらにその先までも,みんながそう思えるようであってもらいたい.

目次

  • 第1講 私欲を去り,公に尽くす
  • 第2講 まず,わが身を治める
  • 第3講 学び,教え,厳粛になる
  • 第4講 本質と人物を知る
  • 第5講 乱れ亡びる国を興す

  One Response to “天地にかなう人間の生き方―経世の書「呂氏春秋」を読む”

  1. 春秋及び戦国時期には名士が大勢いました、それで、諸子百家の思想が豊かだ。例えば、孔子の儒家とか老子の道家とか韓非子の法家とかで、中原の文化に進んでいた。

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