1月 102013
 

15歳の日本語上達法(15歳の寺子屋)
金田一秀穂,講談社,2010

図書館で,ふとこの本の背表紙が目を引いた.「おっ,金田一先生の日本語教室か.日本語を上達するための方法ってどのようなものだろうか」と思って読み始めた.

そもそも私は,学校で習う国語が好きでなかった.特に,登場人物や作者の心情を答えなさい系の問題は大嫌いだった.「知るか,そんなもの.作者に確認したのかよ」と思っていた.自分の作品が国語の問題に引用された人達が,その問題と模範解答を見て,「いや,そういう意図ではなかったのですけどね」と答えているのを見掛けたりすると,ますます嫌いになった.それでも,誰かの主張を正しく理解したり,自分の考えを正確に述べたりするためには,日本語の力は欠かせないので,嫌いだからと避けている場合ではない.

現在は大学教員として学生のレポートや論文原稿を添削しているが,正しい日本語が書けなかったり,論理的な文章が書けなかったりする学生は少なくない.もちろん,企業人でも同様だ.むしろ,書ける人の方が少ないのではないかとも思う.しかし,研究者や技術者として,あるいはそれ以外の職業であっても,正しい日本語が使えることや論理的な文章が書けること,話せることは大切だろう.少なくとも,そういう基礎的なこともできないのに,京都大学卒業生ですなどと言われては恥ずかしくて困る.だからこそ,膨大な時間を赤ペン先生業務に割いているのだが,長年そういう経験をしていると,「効果的に日本語力を身につけてもらうためにはどうしたらいいのか?」という疑問を自然と抱くようになる.

日本語を上達するために,第一人者はどのような勉強法を推奨しているのか.この点に興味があって,本書「15歳の日本語上達法」を,40歳を超えた大学教員が読み始めた.

難しい漢字を知らなくたって,別に恥ではないんです.人間にとって大切なのは漢字を記憶することよりも,言葉を使って考えることだからです.

冒頭から何とも有り難いお言葉だ.鬱葱とか,薔薇とか,書けなくても恥じる必要はないと.本書で金田一氏が強調しているのは「考える力」の大切さであり,そのための言葉の重要性であり,それがこの一文に良く現れている.

では,なぜ,考えるために言葉が重要なのか.金田一氏はこう語る.

もしも,「金田一」だとか「大学教師」とかいった言葉の情報をぜんぶ取り払ってしまったら,ぼくは何者でもなくなってしまう.なんというか,勝手に動く,ぶよぶよした,気味の悪いへんてこりんなものになってしまうんですね.いや,ぼくに限らず,言葉というものがなければ,みなさんにとって,お父さんもお母さんも,担任の先生も,すべてが見分けのつかない,へんてこりんなものになってしまうんです.

だからこそ,人間には言葉が必要なんです.

言葉がないと人間は生きてはいけません.

ぼくたち人間は,言葉を通じて世界とつながっています.

英米人には肩凝りがないと聞いたことがある.そもそも,肩凝りという言葉がないらしい.例えば,研究社新英和・和英中辞典には,「肩凝り stiff shoulders/肩凝りをほぐす massage one’s stiff shoulders #英米人には肩凝りはあまりないという. したがってこの言葉もあまり用いられない.」とある.肩凝りがないから肩凝りという言葉が生まれなかったのか,肩凝りという言葉がないから肩凝りが認識されないのかはわからないが,対応する言葉がないものは「へんてこりんなもの」でしかなくなる.

言葉は大切だ.言葉を知ることは世界を知ることに繋がる

言葉の意味をきちんと理解すること.それは,世の中を正確に理解することにつながっていきます.ちょうど,画素数の少ないカメラより,画素数の多いカメラのほうが被写体をより正確に美しくとらえることができるように,語彙を増やし,それを正確に理解しておくと,人は世の中の出来事をきちんと定義できるようになる.そうやって,人は自分の心を整理することができるようになるんですね.

語彙が貧弱だと,理解することも,表現することも,ままならなくなる.幼児は自分の感情をうまく言葉にできないと怒るが,似たような大人もいることだろう.

話を最初に戻すと,人間にとって大切なのは言葉を使って考えることである,というのが金田一氏の主張であった.では,どうすれば言葉を使って考えられるようになるのか.それこそが,本書「15歳の日本語上達法」の核心であろう.金田一氏は三つの提案をしている.提案項目が3つというのは,ジョブズのプレゼンなどでもお馴染みの技法だ.

人間にとって大切なのは記憶することではなく,頭を柔軟にし,視野を広げて,考える力をより高めていくことです.具体的には,ある知識と,まったく別の知識を結びつけて,別の考え方を作り上げていくことなんですね.言葉で考えるという力を養っていくために,ぼくはみなさんに三つの提案をしたいと思います.

1.外国語を身につけよう,外国で過ごしてみよう

2.古典にアタックしてみよう

3.目にしたものを言葉にしてみよう

で,でたな,グローバル人材!! しかも,教養人!! などと仰け反らないで,話に耳を傾けてみよう.

外国に行き,現地の生活に適応できるかできないかは,そこの生活をどう楽しむかにかかってきます.そのために必要なのは旺盛な好奇心であり,おもしろがり精神なんですね.それができれば語学への関心だって自然に生まれてくるはずです,さまざまな国の価値観を楽しむことで,人はものを見る目や考え方が大きく広がっていく.それはぼくらの考える力が確実に増していくことにつながります.

私自身も,アメリカに留学させてもらい,たかだか10ヶ月ではあったけれども,日本以外の国に住むという経験をして,視野が広がったと思う.そこに住むというのは,海外旅行とは全く別の次元の経験となる.そういう経験が考える糧になるのは確かだろう.

ぼくたちは「ホンモノ」に出会ったとき,それに感動できる受け皿としての能力を,自分なりに作っておいたほうがいいし,そのほうが絶対により豊かな人生を送れます.「ホンモノ」とはこういうものだ,という感受性を養うためにも,ぜひ,古典に親しむ機会を作ってみてください.

恐らく,本だけはない.音楽にしても,絵画にしても,広く古典に親しむ,昔から受け継がれ,その価値が認められ,大切にされてきたものに親しむというのは素晴らしいことだろう.

人生にはどうしても,この相手だけには自分の考えをきちんと伝えたいという場面が必ずあります.そんなとき,論理的で明晰な文章の構成力が身についていれば,自分の意見を感情的にならず,客観的に正確に相手に伝えることができるのです.

「自分の気持ち以外のもの」を言葉にする訓練は,実際に文章を書かないと,なかなか身につきません.いざ,やってみると,言葉で物事を正確に伝えることの難しさがよくわかり,「なるほど,日本語力を磨くとはこういうことなのか」と実感できるはずです.

まさに,その通りだ.学生のレポートや論文原稿を添削しまくる赤ペン先生業務を通して痛感している.私にしても,先生方に根気強く指導していただいたおかげで今があるので,その恩に報いるためにも,赤ペン先生は頑張ろうと思っている.

この3つの提案は大いに頷けるないようだ.

最後に,15歳の若者に向けた金田一氏のメッセージを引用しておこう.

結局,人間というのは悩みを乗り越えて,自分で自分を作り上げていくしかない生き物です.「自分探し」なんて考え方は嘘っぱちで,人は自分自身から逃れることはできないのです.

どうか,若いみなさんは思春期の悩みに押しつぶされることなく,あわてず,一歩一歩,人生を歩んでいってください.そして,世界に目を向け,自分にも目を向けて,自分自身をしっかりと表現できるような人間になってください.

目次

  • ぼくは学校が嫌いだった
  • 言葉ってナニ?
  • 正しくなくても,伝わる言葉
  • 言葉にならない言葉
  • 考えるための言葉
  • 十五歳のための日本語力上達法
  • ゆっくり大人になっていいんです

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