4月 292013
 

日本のこころの教育
境野勝悟,致知出版社,2001

境野勝悟氏による私立花巻東高校での講演をまとめたものだが,日本人や日本語について目を覚まされる素晴らしい内容だ.

日本人とは何か?

まず,この問いに答えるために,「日本」について明らかにしておく必要がある.国名が日の本であるくらいだから,太陽をとても重要視している国だということはわかる.古事記や日本書紀に詳しくない人でも,天照大神の名前くらいは知っているだろう.天照大神は,日本の皇室の祖神の一柱であり,日本民族の総氏神とされる.この天照大神が太陽を神格化した神であることからも,日本人がいかに太陽を崇拝してきたかがわかる.

境野氏は,我々は何の恩によって生きているのか?と考えれば,「わたくしたちが生きているのは,太陽のエネルギーのお陰である」とわかり,「太陽さんに感謝して,みんなで仲よく太陽のいのちを生きる・・・・・・これが,日本人の心棒だったのです」と述べている.そして,このことを「日本」という国名として表したのが日本人であるとしている.

太陽の運行と人間の生命を結びつけて,太陽を崇拝した国は,日本のほかにもたくさんあります.ただし,太陽が人間の生命の根元のエネルギーであることを,「日の本」,つまり「日本」という国名にまでしたのは,わたくしたちの国だったということは,日本人としてどうかお忘れになりませんように・・・・・・.

聖徳太子が憲法十七条の第一条にて「和を以て貴しと為し,忤ふること無きを宗とせよ」と定めたように,古来,日本人は和を大切にしてきた.そういう日本人の生き方について,講演ではこう述べられている.

みんなで,明るく,楽しく,あたがいの才能を認めあって,おたがいの主義や主張をよく理解しあって,この共通の太陽の生命を喜びあって仲よく生きていこう・・・・・・これが,わたくしたち日本人の生き方の原形だったのですね.

競争ばかりして,弱いものをたたいて,強い者だけが威張って強がっているのは,太陽の生命を感謝しあって生きようとした日本人の本来の生き方ではなかったのです.

意見をよく交換して,おたがいによく理解しあって,仲よく学びあって,手をつなぎあって,一歩ずつ歩いていかなくてはなりません.おたがいに,太陽の光のなかに生きているのですからね.

それでは,日本人とは何か.この問いに対する境野氏の答え,日本の将来を担う若者への期待はこうだ.

ですから諸君,日本人とは何かと聞かれたら,答えは簡単なんです.「日本」という字を見ればわかります.わたくしたちの命の元が太陽だと知って,太陽さんの恵みに感謝をして,太陽さんのように丸く,明るく,元気に,豊かに生きる.これが日本人だったのです.

どうか諸君,いつか日本を出て海外旅行に行くことがあるかもしれない.すると,向こうの人はよく聞くんですよ.「日本人って何ですか」って.そう聞かれたら,はっきりと答えてください.

「わたくしたちの命の原因が太陽だと知って,その太陽に感謝して,太陽のように丸く,明るく,豊かに,元気に生きる,これが日本人です」とおっしゃってください.

日本人が太陽を大切にしてきたことがわかるのは,日本という国名だけではない.身近な言葉を挙げながら,境野氏はそのことを強調している.

例えば,刑事コロンボのように,夫が妻を「うちのカミさんがね」というときの「カミ」さん.カミは漢字で「日身」と書き,太陽の身体という意味である.子供が母親を呼ぶときの「おかあさん」,昔話に出てきそうな「カカア」や「カッカ」,これらの「カ」は太陽の意味であり,日本人は母親を,そして妻を太陽のように尊敬してきたのだという.

一方,「おとうさん」は,尊い人の「とうと」から来ているそうだ.母にしろ父にしろ,妻にしろ夫にしろ,尊敬を持って接すべき相手なのである.

さらに,「こんにちは」と「さようなら」にも太陽が関係している.「こんにちは」は元々「今日は,元気ですか」という問い掛けであり,今日は太陽,元気は元の気,すなわち太陽のエネルギーの意味である.このことから,「こんにちは」は元来次のような意味を持つ挨拶であるとわかる.

「今日は,元気ですか」とは,あなたは太陽のエネルギーが原因で生きている身体だということをよく知って,太陽さんと一緒にあかるく生きていますか,という確認の挨拶だったのです.

この「今日は,元気ですか」に対する応答が「さようなら,ご機嫌よう」である.「左様なら」,つまり「そうであるなら」というのは,太陽のお陰で明るく生きているのならという意味である.別れ際に英語では”Goodby”というが,これは”God By”,つまり「神様があなたのそばにおられますように」という祈りを込めた言葉である.この神様に代えて,日本人は身近な挨拶の中でも太陽を大切にしてきたと言える.

さらに,この講演で境野氏は,「日の丸」が日本国旗となった経緯も紹介されている.ペリーを代表とするアメリカが徳川幕府に開国を強硬に迫る中,安政元年(1854年),当時海防参与であった水戸藩の徳川斉昭が,幕府重鎮の反対を抑え,国旗を日の丸にすることを決定した.その後,アメリカやヨーロッパを巡った日本の蒸気船と日本人は行く先々で「日の丸」の旗で歓迎されることになる.

このような,日本という国,国旗である日の丸,そして日本語などについて,我々日本人はどれだけのことを知っているだろうか.学校で,あるいは家庭で,教えられているだろうか.戦後,そういうことを教えないまま今を迎えているのではないだろうか.このままでよいのだろうか.境野氏は一人の大人として,講演の中で高校生に詫びておられる.日本を豊かな国にすることはできたが,日本の素晴らしさを伝えることはうまくできなかったと.その上で,高校生にこう語っておられる.

日本の文化や伝統についてあまりにも無知な人は,外国の人から教養人としては認められませんよ.

教養人とは,自国の文化や芸術や伝統をよく理解し,その一つか二つをしっかりと身に付けている人のことをいうのですよ.

私も日本について無知なため,こう指摘されると恥じ入るしかない.40歳も過ぎて今更ではあるが,日本の文化や芸術や伝統にもっと親しもうとしているところだ.

さて,このメモの最後に,境野氏が講演で述べられたことの中から,「感謝」についての部分を紹介しておきたい.これが本書の題目「日本のこころの教育」についての著者の考えである.感謝できれば幸せになるし,感謝できなければ幸せになれない.これはまさにその通りだと思う.自分の不幸を嘆くような真似はしない,そう私は決めている.

感謝をするのは,他人の問題じゃないんだね.ああ,ありがたかった,ああ,自分でよかったと,自分が自分自身でそう思ったときに初めて,それじゃ自分は何をしたらいいか,どういう夢を持ったらいいかがわかるんだよ.自分自身の在り方に感動し,感謝するということは,何のことはない,きみたち自身の人生にとってすばらしいことなんだ.

幸福になるか不幸になるか,自分が伸びるか伸びないかは,諸君の心一つなんだ.他人じゃないんだ.生きている自分をどのように大きくとらえ,いま自分が生きていることに感謝できるかどうか,これ一つです.

わたくしがここで感謝する心が,きみを伸ばし,きみを大きく育てていくだろう,といっているその感謝の対象は,きみを生かしめているところの人間共通の生命の「エネルギー」に対してなのですよ.

それは,けっして,単にきみだけの生命の原因の力ではない.きみの友だち全部,いや生きとし生けるもの全部の生命の原因なのです.地球に存在する全部の生命は,みな,この恵みによって生きている.そういう,大きい生命の元について,きみが心から感謝をすることによって,自分が人間であると同時に,大自然の子であるという自覚に至るのです.この自覚こそが,きみを伸ばし,きみをもっと大きく育てるであろうと,わたくしは言っているのです.

自分の人生を充実させていくのは,親でもないし,先生でもないし,環境でもないように思います.きみたち自身が感謝する心を持てるかどうかだと思うのです.感謝する大自然を持つためには,自分で考えて発見しなきゃだめ.それは,人が教えてくれるものではない.自分でありがたいと思うものを,大自然の中に発見していくことなんです.このみんなの共通の生命,みんなの共通の恵みに対して,感謝の心を育てることが,実はわたくしたちの民族の「心の教育」だったんです.

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