7月 062013
 

「士規七則」は,甥の玉木彦介の元服祝いとして,安政2年(1855年)に吉田松陰が野山獄でまとめたといわれている.日露戦争の旅順攻囲戦や奉天会戦で武勲をあげ,明治天皇の信任が最も篤く,後に学習院長も務めた名将乃木希典も,この士規七則を座右の銘とした.


「士規七則」

冊子を披繙すれば,嘉言林の如く,躍躍として人に迫る. 顧ふに人読まず,即し読むとも行はず,苟くも読みて之を行はば,則ち千万世と雖も得て尽す可からず. 噫,復た何をか言はん.然りと雖も知る所有りて,言はざること能はざるは,人の至情なり.古人は諸れを古に言ひ,今我は諸れを今に言ふ,亦た詎ぞ傷まん.士規七則を作す.

一,凡そ生まれて人たらば,宜しく人の禽獣に異なる所以を知るべし.蓋し人に五倫有り,而して君臣父子を最も大なりと為す.故に人の人たる所以は忠孝を本と為す.
二,凡そ皇国に生まれては,宜しく吾が宇内に尊き所以を知るべし.蓋し皇朝は万葉一統にして,邦国の士大夫,世々に禄位を襲ぐ.人君は民を養ひて,以て祖業を続ぎ,臣民は君に忠して父志を継ぐ.君臣一体,忠孝一致たるは,唯だ吾が国のみ然りと為す.
三,士道は義より大なるは莫し.義は勇に因りて行はれ,勇は義に因りて長ず.
四,士道は質実欺かざるを以て要と為し,巧詐文過を以て恥と為す.光明正大,皆な是に由りて出づ.
五、古今に通ぜず,聖賢を師とせずんば則ち鄙夫のみ.読書尚友は君子の事なり.
六,盛徳達材,師恩友益多きに居り.故に君子は交遊を慎む.
七,死して後已むの四字は言簡にして義広し.堅忍果決,確乎として抜く可からざる者は,是を舎いて術無きなり.

右,士規七則は,約して三端と為す. 曰く,立志を以て万事の源と為し,選友を以て仁義の行を輔け,読書を以て聖人の訓を稽ふ.士,苟くも此に得る有らば,亦た以て成人たる可し.


以下,原文.

披繙冊子 嘉言如林 躍躍迫人 顧人不讀 即讀不行 苟讀而行之 則雖千萬世不可得盡 噫復何言 雖然有所知矣 不能不言 人之至情也 古人言諸古 今我言諸今 亦詎傷焉 作士規七則 
一 凡生為人 宜知人所以異於禽獣 蓋人有五倫 而君臣父子為最大 故人之所以為人忠孝為本 
一 凡生皇國 宜知吾所以尊於宇内 蓋皇朝萬葉一統 邦國士大夫世襲禄位 人君養民 以續祖業 臣民忠君 以継父志 君臣一體 忠孝一致 唯吾國為然 
一 士道莫大於義 義因勇行 勇因義長 
一 士賢以質實不欺為要 以巧詐文過為耻 光明正大 皆由是出 
一 人不通古今 不師聖賢 則鄙夫耳 讀書尚友 君子之事 
一 成徳達材 師恩友益居多焉 故君子慎交遊 
一 死而後已四字 言簡而義廣 堅忍果決 確乎不可抜者 舎是無術也 
右士規七則 約為三端 曰立志以為萬事之源 選交以輔仁義之行 讀書以稽聖賢之訓 士苟有得於此 亦可以為成人矣

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