11月 162013
 

おじいちゃん戦争のことを教えて―孫娘からの質問状
中条高徳,小学館,2002

本書「おじいちゃん戦争のことを教えて」は,アサヒビール名誉顧問の中条高徳氏が,ニューヨークの高校に通う孫娘から送られてきた手紙に対して書き送った返書である.その手紙には,高校の歴史の授業で太平洋戦争を勉強することになった孫娘から,戦争を体験した祖父への質問がまとめられていた.旧敵国かつ戦勝国であるアメリカで戦史を学ぶ孫娘に,敗戦国で軍人を目指した者が何をどう伝えるべきか.本書には,陸軍士官学校に入学し,そこで終戦を迎えた中条氏の苦悩や誇り,そして現代日本への憂慮が詰まっている.

いきなり戦争の話に入るのではなく,当時の社会や教育の状況についての説明から始まる.戦前教育の根幹は「教育勅語」に述べられているが,当時の教育を受けた著者は次のように述べている.

この「教育勅語」には,教育とは何か,何のために教育をするのか,その理念と目的が簡潔な言葉で余すところなく表現されている.戦前の教育は義務教育から高等教育まで,この「教育勅語」が示す理念と目的に基づいて行われたということだ.(中略)まさに教育とはここに示されているとおりであり,このような目的で行われなければならない,ということがわかるに違いない.

明治天皇が山縣有朋内閣総理大臣と芳川顕正文部大臣に与えた教育勅語では,明治天皇が日本国民に日本人にとって大切なものが何であるかを,以下の12の徳目を示して語りかけている.目を通してみれば,日本人に限らず,そりゃそうですよねと思えることが書かれていることがわかる.

  • 父母ニ孝ニ (親に孝養を尽くしましょう)
  • 兄弟ニ友ニ (兄弟・姉妹は仲良くしましょう)
  • 夫婦相和シ (夫婦は互いに分を守り仲睦まじくしましょう)
  • 朋友相信シ (友だちはお互いに信じ合いましょう)
  • 恭儉己レヲ持シ (自分の言動を慎みましょう)
  • 博愛衆ニ及ホシ (広く全ての人に慈愛の手を差し伸べましょう)
  • 學ヲ修メ業ヲ習ヒ (勉学に励み職業を身につけましょう)
  • 以テ智能ヲ啓發シ (知識を養い才能を伸ばしましょう)
  • 德器ヲ成就シ (人格の向上につとめましょう)
  • 進テ公益ヲ廣メ世務ヲ開キ (広く世の人々や社会のためになる仕事に励みましょう)
  • 常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵ヒ (法律や規則を守り社会の秩序に従いましょう)
  • 一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ (国に危機があったなら正しい勇気をもって国のため真心を尽くしましょう)

著者は迷うことなく陸軍士官学校に入ったというが,当時,陸軍士官学校や海軍兵学校は学費無料で,優秀な子供たちはこぞって,これらの軍人養成学校に入学したという.それが,誰もが羨むエリートコースであり,日本社会が子供たちに推奨したキャリアパスであったからだ.

おじいちゃんが子どものころは,勉強ができて健康な子どもは,陸軍士官学校(陸士)か海軍兵学校(海兵)に入るのが当然という雰囲気が,全国隅々まで行き渡っていた.陸士や海兵は学費などは一切無料で,能力があり健康であるなら経済力などに関係なく,だれでも進むことができたのだ.

景子はそういう雰囲気は理解できない,というだろうか.だが,いまでも勉強ができる子は東大から一流企業や官庁への道を目指すじゃないか.それが当然という空気が全国をおおっているだろう.それと同じことだよ.もっとも,東大から一流企業や官庁を目指すいまの志向は,いい暮らしができて高い社会的地位が得られるからという,自分一人だけの欲求から出ている傾向があるが,おじいちゃんが子どものころの,優秀な子は陸士か海兵に入って軍人にという志向には,公的使命感が大きな比重を占めていた.これが,もっとも違う点だ.

いつの頃からか日本では,有名大学を卒業して有名企業に就職することが,誰もが羨むエリートコースであり,大人が子供たちに推奨するキャリアパスになった.当の本人がそれを切実に願っているわけではなく,そういう日本社会の雰囲気(著者がいう空気)の中で特に何を疑うわけでもなく,進学し就職するようになった.その点では戦前も戦後も大差ないわけであるが,ただ,戦後のキャリア志向には公的使命感がないと著者は厳しく指摘している.

しかし,現実に戦争は起こる.過去の歴史がそうだったし,いまでも戦争が絶対に起こらないという保証はどこにもないのが現実だ.だからこそ,公のために身を捧げる行為は平和を守るために尊ばれなければならない.公に己を捧げる使命感こそが戦争という愚行を防ぐ力になるのだ.(中略)公に身を捧げる使命感.国民にその心が失われたとき,その国家が危うくなることは歴史が教えているとおりである.おじいちゃんが陸士で教えられたものは,詰まるところ,国家という公に尽くす使命感,公に身を捧げる心構えだったのだ.

そのような公的使命感を持って陸軍士官学校の厳しい訓練を受けた中条氏だったが,在学中に終戦を迎える.学校は解散となり,故郷へ戻ることになったが,みんなが歓んで送り出してくれた故郷はなくなっていた.そこには,軍人や軍人を目指した子供たちを,日本を敗戦に導き,国民を酷い状態に突き落とした張本人と見なす人々がいた.本書には,そのときの様子が次のように書かれている.

だが,やはり日本が負けたとは信じられないのだ.といって,敗戦の事実が日に日に明確になってくる.私は何をどう考えていいのか,わからなかった.同期生のみんなも同じだった.実際,同期生のうち三人は,発狂してしまったのだ.

国家のために命を投げ出す覚悟を決めて,日々精進してきた.だが,世間の価値観は大きく転換し,そういう生き方は愚かなことだだった,間違いだった,ということになっている.そんな価値観を容易に受け入れることはできない.では,どうすればいいのか.死んでしまえば,かえって楽ではないか.そんなことも考えた.実際,死を思ったのは,一度や二度ではない.

本書では,戦争について様々な観点から語られているが,東京裁判に関する著者の考えも明確に示されている.

いまある法律を信じ,それを守っていれば,生命,安全,財産といった生活のすべては保障される,というのが近代法の基本的精神である.

ところが,アメリカをはじめとする連合国は戦争中にはなかった「平和に対する罪」というのを突如つくって,過去にさかのぼって戦争中のことを裁いたのだ.

こういうのを法に対する冒涜といい,野蛮という.まさに東京裁判は蛮行中の蛮行である.

東京裁判のすべては否定されなければならない.

そして,裁判の当事者であったパール博士の言葉を引用している.

パール博士は東京裁判を批判し,要約次のような意見を述べた.

「東京裁判は,裁判の名を借りた復讐であり,占領政策のプロパガンダにすぎない.真の平和と人道を確立する絶好の機会でありながら,それをなさず,法的根拠もないのに日本を侵略者と決めつけ,多数の個人を処刑することは,二十世紀文明の恥辱である.後世の歴史家は必ずこれを再審するであろう」

また,後日,ポツダム宣言受諾が決められた御前会議の様子,つまり戦争終結派と継続派が対立する中で鈴木貫太郎首相が評決に参加せずに天皇陛下の判断を仰いだこと,について聞いたときのことを次のように振り返っている.

「この陛下のご聖断がなければ君たちはあばれ,陸軍は絶対に納得しなかったであろう」と壇上から睨みつけられた迫水さんの鋭い眼が忘れられない.

日本にとっての天皇とは何かの答えは,この一事に余すところなく示されている.

本書には,ある1人の日本人の目から見た太平洋戦争が描かれているが,アメリカで教育を受けている孫娘からの質問に答えるという形になっているので,様々な観点が含まれ,また全体として落ち着いた調子になっていると感じる.最後に,孫娘へのメッセージとして書かれている部分をいくつか引用しておこう.

景子,人間の一生にとって師と仰ぎ,心から尊敬できる人にめぐり会うことは,とても大切なことだよ.師の大きさについて考え,そこに少しでも近づこうと研鑽することで,人間は大きく成長し,人格を形成していくものだ.そのようにして培われた人間性は本物なのだ.

景子は日本にいたときの授業で,日本の近現代史を教わったことがないそうだね.これなどもまさに東京裁判史観の影響だと言えるだろう.人間は悪いことにはなるべく触れたくないものだ.できることなら目をつぶっていたい.そういう気持ちが日本の近現代史に禁忌めいた気分を持ち込み,教えずにすませる結果になっている.

私がこれからやるべきこと.それは「日の丸」を心の底から誇りを持って掲揚できる日本人,「君が代」を喜びを持って歌える日本人を,一人でも増やしていくことだ.

目次

  • 生い立ちと陸軍士官学校
  • 終戦、そしてルネッサンス
  • 戦争の本質について
  • 失われしもの
  • 日本人の心