6月 212014
 

背信の科学者たち―論文捏造、データ改ざんはなぜ繰り返されるのか
ウイリアム・ブロード,ニコラス・ウェイド,牧野賢治(翻訳),講談社,2006

book

理化学研究所のSTAP細胞事件により,2014年上期は科学研究の在り方が日本社会全体の関心を集めた.STAP細胞のことは全然わからないけれども,渦中の女史は気になるという人も含めて.

原著は1983年出版,訳書旧版は1988年出版と古いにも関わらず,ほとんどそのまま今回のSTAP騒動にもあてはまる.実際,STAP細胞事件に端を発して,論文の捏造や剽窃,共著者や組織の責任について様々な指摘や議論がなされているが,その多くは本書で既に指摘されていることである.このため,自説を開陳する前に,まずは,この分野の古典ともされる本書を読んでみるといい.なお,私が読んだのは2006年に出版されたブルーバックス版だが,ヒトES細胞捏造事件,東京大学大学院工学研究科RNA研究疑惑,大阪大学大学院生命機能研究科データ捏造事件,STAP細胞疑惑などに関するレポートも収録した訳書の新版が出版されたので,そちらを読むといいだろう.

平成18年に書かれた訳者序文の冒頭には,「日本の科学者コミュニティは,このところ激震に見舞われている.捏造,改ざん,盗用など,科学研究における不正行為の発覚が相次いでいるからである」とある.平成26年の今,再び,そのような状況にある.ところが,本書を読んでわかるのは,科学研究における不正行為というのは,何もここ数十年程度で登場した新しい問題ではないということ,そして,有名研究者であっても不正を働くということだ.

例えば,科学者の不正行為は2000年以上前にまで遡ることができる.ヒッパルコス(天文学者,ギリシア,紀元前2世紀)は,他人のデータを自分の観測結果として出版した.有名なプトレマイオス(天文学者,エジプト,2世紀)も,他人の観測結果を自分が観測したと主張した.さらに,地動説やピサの斜塔の実験でお馴染みのガリレオ・ガリレイ(物理学者/天文学者,イタリア,17世紀)も,自分の実験結果を誇張していた.ガリレイは,自著中の落下運動実験について,本当に実験したのかと尋ねられたとき,「やっていない.その必要もない.なぜなら,落下体の運動はそうなるのであり,それ以外はありえないと断言できるからだ」と言い放った.

まだある.万有引力の法則を見付けたことで知られるアイザック・ニュートン(物理学者,イングランド,17世紀)は,あの「プリンキピア」で自分の理論を擁護するためにデータを修正しまくった.そればかりか,微積分の手柄を我が物にするために,権力を利用してライプニッツを陥れるということまでしている.およそ科学者の風上にはおけない.遺伝の研究で高名なグレゴール・ヨハン・メンデル(司祭,オーストリア帝国,19世紀)についても,あのエンドウマメの実験データは綺麗すぎてありえず,データの捏造が指摘されている.

さらに,ヨハン・ベルヌーイ(数学者,スイス,17世紀)は,息子のダニエル・ベルヌーイが発見した「ベルヌーイの法則」を自分の成果にしようと,自著の出版年月日を偽装した.まるで安物ドラマに出てくる,遺産相続を巡る親族の争いのようだ.

歴史に名を残す著名科学者がこれだ.ノーベル賞受賞者も例外ではない.結局,科学の世界も「勝てば官軍」ということか.だとしたら,STAP細胞にも一発逆転の目は残っているのかもしれない.

本書では上記の他にも様々な不正行為が紹介されているが,その背景や動機は今も昔も変わらない.基本的には個人的な欲望だ.当然ながら,科学者だからと言って聖人君子なわけではないのだから,不正は起こりうる.それを踏まえて,どのような制度を作っていくかということだろう.残念ながら,日本の取り組みは遅れていると指摘されている.今回のSTAP細胞事件を転機に良くなるといいのだが.

ちなみに,私は科学者ではなく工学者であり,基礎か非基礎かはともかく,応用研究に注力している.このため,産業界で成果を出せなければ「お前の技術は使えない」と言われてお終いになる.論文を書くために結果を捏造することに全く興味はない.

目次

 
第1章 ひび割れた理想
第2章 歴史の中の虚偽
第3章 立身出世主義者の出現
第4章 追試の限界
第5章 エリートの力
第6章 自己欺瞞と盲信
第7章 論理の神話
第8章 師と弟子
第9章 圧力による後退
第10章 役に立たない客観性
第11章 欺瞞と科学の構造