2月 212015
 

カネを積まれても使いたくない日本語
内館牧子,朝日新聞出版,2013

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ツイッターさんでさぁ,うん,「研究発表などで聞く『〜したいと思います』という表現が気になる.『〜します』でいい」って呟きをさせていただいたところぉ,うん,内館牧子?の「カネを積まれても使いたくない日本語」?のほうをぉ,なんだろ,「こういう本もありますよ」ってさぁ,ご紹介をしていただいた感じ?でさぁ,なんだろ,やっぱ,こういうときってぇ,お読みをさせていただいたほうがいいかな.みたいな.まじで.それでぇ,いちおう,読んでみようかななんて思いました.

ぶっちゃけ,ヤバくて,チョー面白かったかな.これってぇ,私にも結構あてはまってるじゃないですか.それで,なんだろ,これを重く受け止め?,スピード感と緊張感を持ってぇ,しっかり,きっちりぃ,チョーキレイな日本語を使うようにぃ,お気を付けをさせていただきたいなみたいに思いました.

えっとぉ,ブログのほうに書くのはこんな感じでよろしかったでしょうか?

著者の内館牧子氏は言語学者でなく,アンケート結果も引用しながら,テレビや雑誌で気になった日本語の使用例を挙げて,なぜそのような表現が使われるようになったのかを考察している.主な理由は,過剰にへりくだろうとすることと,言質を取られないようにできる限り曖昧にすることであるようだ.買い物をするときや食事をするときなど様々な場面で,サービス提供側が奇妙な言葉を使うようになったと指摘されるのを聞くが,処世術として正しいからそうなったのであり,その戦略が有効だからこそ生き残っているのだと思う.言いがかりをつける人達(クレーマーとかモンスター何某とか)が増えたことと無関係ではないだろう.著者は,時代と共に言葉が変化していくのは当然だとしながらも,どのような変化をも大らかに許容してよいわけではなく,ダメなものにはダメだと声を上げないといけないとする.そうしないと,美しい日本語を次の世代に遺すことができない.特に問題なのは,NHKも含めてテレビに登場する人達の日本語の乱れであり,政治家の日本語の乱れである.曖昧で汚い日本語を使うような政治家に日本の政治は任せられないと指摘されている.

気楽に読んで楽しめる本なので,時間のあるときにそうぞ.

目次

 
第1章 大らかな許容の果てに
第2章 過剰なへり下り
第3章 断定回避の言葉
第4章 ヘンな言葉
第5章 誰が悪いのか