2月 242016
 

種子島訪問2日目.西之表市役所に勤めておられる方に,種子島を案内していただいた.もちろん,ただの観光ではなく,種子島の歴史,文化,産業を知るための社会見学だ.

ホテルで朝食を済ませた後,朝一番に,種子島開発総合センター・鉄砲館に連れて行っていただいた.毎日朝8:30に開館していることに驚かされる.種子島といえば,鉄砲伝来の地.鉄砲館には,大小様々な数多くの火縄銃が陳列されていて,見応えがあった.もちろん,鉄砲伝来時の逸話も学ぶことができる.

1543年.種子島の南端に中国船が漂着した.この船に乗船していたポルトガル人のフランシスコ・ゼイモトが,鉄砲(火縄銃)を持っていた.種子島時堯は,金2000両で火縄銃を二挺購入し,刀鍛冶の八板金兵衛清定に火縄銃の複製を作るように命じた.当時の種子島には,砂鉄から鉄を鋳造する技術があり,また外国人の助力も得て,火縄銃の製造に成功する.時は群雄割拠の戦国時代.火縄銃は瞬く間に日本全土へと広まっていった.

種子島開発総合センターでは,鉄砲だけでなく,種子島の自然や歴史,文化を知ることもできる.種子島に行く機会があれば,見学してみるといいだろう.

鉄砲館の次は,種子島を代表する伝統工芸品である種子鋏の製造工場を見学させていただいた.工場と書くと立派な設備を思い浮かべる人もいるかもしれないが,市内の小さな建物で,昔ながらの製法で一つ一つ手作りされている.課題は後継者とのこと.今は,種子鋏の製造を引き継ぎたいという方が1名おられて,西之表市も支援しているが,伝統産業の維持は容易ではないようだ.

“黒糖を手作りしている作業場@種子島”
黒糖を手作りしている作業場@種子島

続いて,昔ながらの製法で黒糖を手作りされているところに連れて行っていただいた.看板には「昔ながらの沖ヶ浜田の黒糖づくり」とある.登り窯の上に,大きな容器が3つ並んでいる.前日には作業されていたが,この日は休みで,作業を見学することはできなかった.

“黒糖作りに用いる大量の薪@種子島”
黒糖作りに用いる大量の薪@種子島

“沖ヶ浜田の黒糖づくりの作業所@種子島”
沖ヶ浜田の黒糖づくりの作業所@種子島

黒糖の後は,安納芋.種子島安納地区で正真正銘の安納芋を生産されている農家を訪れた.

種子島の東海岸沿いを南下し,昼食はeast coastでカレーをいただいた.海沿いにあるお店で,外は寒いが,サーファーが波乗りを楽しんでいる.この店では「さこラー油」を販売している.「ざこ」とは種子島の言葉で「きびなご」のことだという.

“海辺のeast
海辺のeast coastでサーファーを眺めながらランチ@種子島

昼食後,鹿児島宇宙センターに向かう.ツアーには参加できなかったが,宇宙科学技術館を見学した.

“鹿児島宇宙センター@種子島”
鹿児島宇宙センター@種子島

続いて,宝満神社へ.とても小さな神社だ.

“宝満神社@種子島”
宝満神社@種子島

御神籤が木に結び付けられているが,いかにも南国だ.

“御神籤も南国@種子島の宝満神社”
御神籤も南国@種子島の宝満神社

最後に,鉄砲伝来の地,そして種子島最南端の地を訪れて,種子島空港に向かった.鹿児島空港を経由して,京都へ戻る.

“種子島安納地区の安納芋を自宅へ郵送”
種子島安納地区の安納芋を自宅へ郵送

“贈答用によいと教えてもらったMサイズの安納芋5kg”
贈答用によいと教えてもらったMサイズの安納芋5kg

後日,訪問させていただいた生産農家から自宅へ郵送した安納芋を焼き芋にして食べた.自宅用なら標準的なSサイズでいいとのことだったが,折角なので,贈答用にすることが多いらしいMサイズを送った.まったりとした甘さが美味しい.

2日間の短い滞在だったが,西之表市役所の方々にとても親切にしていただき,充実した楽しいときを過ごすことができた.ありがとうございました.

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