3月 242017
 

ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業
神成淳司,日経BP社,2017

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この第3次人工知能ブームの最中に,本書の題目「ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業」を見ると,「AI=人工知能」にしか見えない.しかし,著者はそうではないと「はじめに」で述べている.

AI農業の「AI」は,「人工知能(Artificial Intelligence)」の研究をも包含する,「農業情報科学(Agri-InfoScience)」を指しています.すなわち,AI農業とは,人工知能を含めた情報科学の知見を農業分野に適用することで,社会システムの変革を促す,一連の取り組みなのです.その意味において,AI農業の「AI」は,情報技術を活用する「農業情報学(Agri-Informatics)」であると共に,「アグリ・イノベーション(Agri-Innovation)」でもあります.

とてもキラキラした文章だ.が,本書でいうAI農業とは,単に人工知能を農業に導入するのではないということは明らかだ.また,AI農業はスマート農業の一部でもあり,IoTやロボットの活用よりも,熟練農家の技能伝承を目的としている.別の言い方をすれば,熟練農家の持つ「暗黙知」を他者が活用できる「形式知」に変換することを通して,日本の農業を強くすることを目的としている.そのために,例えば,アイカメラを用いて熟練農家が何を見ているかを把握するといった取り組みが紹介されている.人間の技能習得をモデル化した「ドレイファスモデル」によると,第3段階の上級者に到達するのに2万時間,約10年が必要とされる.この期間を短縮することができれば,その効果は大きい.また,将来的に実現を目指すものとして,農業プラットフォームやプラットフォームデータ基盤が提案されている.これらはとても魅力的に見える.

さらに,「Made by Japan」も著者が強調している農業の在り方だ.

より大きなマーケットを形成し,本当の意味で日本の強みを発揮するには,日本の農業技術を輸出する「Made by Japan」の発想が必要と考えています.Made by Japanとは,ITを活用して引き出した日本の熟練農家のノウハウを使い,高品質な農作物を作れるようにするビジネスです.農作物を作る場所は日本以外の国でも構いません.

しかも,そのノウハウに知的財産権を付与することも可能になるので,日本の貴重な知識や技能が外国に流出してしまうことを防ぎ,農業ソリューションとして世界に展開するなど,「稼げる農業」への構想は膨らむばかりです.

著者が農業の強化を目指すのは,日本の農業は今のままではいけないとの想いからだ.本書ではいくつかのデータが紹介されている.例えば,農業従事者のうち65歳以上の人の割合が,英23.7%,仏19.2%,独16.9%,米24.9%であるのに対して,日本ではなんと61.1%にもなる.日本では少子高齢化が進んでいるとはいえ,この違いには驚かされる.

また,1950年と2005年を比較して,ほうれんそうではビタミンA効力が85%減,ビタミンCが77%減,にんじんではビタミンA効力が81%減,ビタミンCが60%減と,野菜の栄養価が激減していることが指摘されている.この変化について,本書「ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業」では刺激的なグラフが示されているだけであるが,測定方法や精度の問題があるため直接的な比較はできない.また,この栄養価は一年間の平均であるため,すべてのほうれんそうやにんじんの栄養価が低くなっているわけではない.実際,一年の間に時期によって栄養価が変化するという測定結果がある.それでも,平均として栄養価が低下しているのは確かだろう.その要因としては,旬以外の時期に出荷することの他にも,美味しさや食べやすさを追求した品種改良も挙げられるだろう.

最後に本書を読んで非常に気になった点を指摘しておく.

本書「ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業」では,レタス生産量日本一の長野県川上村では,世帯あたりの平均年収が2500万円と国内でも非常に高い収益を上げていることを指摘した上で,そこでの農業の特徴を「判断する人」と「作業する人」の分離にあると述べている.しかし,その高収益を支えるために,「農作業は中国東北部などから来日した研修者などにやってもらっています」と書かれているその研修者とは,現代日本版奴隷として問題になっている技能実習制度の下で日本に来ている外国人のことだろう.そのような研修者の人権を無視した酷使を前提として成り立つ高収益性は,良いものとも目指すべきものとも思わない.

実際,長野県川上村のレタス生産については,川上村農林業振興事業協同組合理事長宛に日本弁護士連合会から「中国人農業技能実習生に関する人権救済申立事件(勧告)」として勧告が出されている.

中国人農業技能実習生は、技能実習制度の下で来日し、レタス栽培に従事していたが、長時間かつ休日の少ない厳しい労働環境と、狭く不衛生な寄宿舎が多いといった厳しい生活環境に置かれ、過酷な条件下にあった。また、中国の送出し機関は、私生活や交友関係に及ぶ規則とその違反に対する制裁金を定め、これら規則の遵守を監督する監督者を置き、更に保証金徴収や保証人との間の違約金契約による威嚇の下で労働を強いて、預貯金の自由な処分の可能性を奪うなどの行為をして、技能実習生が逃亡や権利主張を事実上できないようにしていた。

日本の農業を強くすることは大事だが,正しく進めなければならない.

目次

 
第1章 なぜ今「AI農業」なのか
第2章 農業の現状
第3章 農業の価値を引き出す
第4章 AI農業のシステム
第5章 事例
第6章 知的財産の保護と活用
第7章 Made by Japan
第8章 農業の未来を考えるための10のキーワード

  2 Responses to “ITと熟練農家の技で稼ぐ AI農業”

  1. 時々訪問させてもらっている、脱サラ非農家からの新規就農者です。
    日本の農業者の6割以上が65歳以上というのは、農を生業とすると生活が成り立たないからで、年金を頂きながら農でも収入を得ることが、日本で農を営むということに適しているからだと思います。
    そもそも、本州以南と北海道では、同じ土俵で農業は語れませんし、畑作や酪農、施設園芸・・・etcと各種ある農の営みを一色単に語ることには無理があります。
    また、日本経済新聞社が語る農業論は、『木を見て森を見ず』と思え、現実の農の営みがまるでわかっていないと感じられます。
    そもそも、農業にAIのなど導入しなくとも『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)の本を読んでわかるように、技術的再現性も分野によっては確立されていると思っています。
    北海道では、トラクターの自動運転(北大が率先して研究しています)やドローン活用が大きいでしょうか。

    技能実習制度については、ここ北海道でも酪農をはじめ水産関係でも導入されており、ほぼ100%が単なる作業者でしかありません。(賃金、休日の労働条件が悪いため、募集しても応募は皆無のような状態だからです。)待遇は最低賃金以下がほとんどのようです(実習生という建前のため)。生活環境は総じていいものではありませんが、受け入れ側の考え方も大きいようです。

    日本農業の衰退の原因は、日本人自体が『農』というものに対してあまりに理解度が低く、大切にして支えようという気もないからですね。

    • コメントありがとうございます.いくつかの本を読みましたが,規模を追求できるかどうかなど,北海道とその他では条件が随分と違うようですね.縁あって,農業に関連するプロジェクトに関わるので,現場のニーズにしっかりと目を向けて,やるべきことをやりたいと思っています.

      『儲かる「西出式」農法』(さくら舎)は読んだことがないので,読んでみます.教えていただき,ありがとうございます.

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